マルジナリア

アクセスカウンタ

help RSS 岩波文庫(緑帯)絶版20選(弐)

<<   作成日時 : 2006/01/06 10:42   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

岩波文庫にカバーがついた!昭和五十年代半ば頃だろうか。新聞の広告でそれを見つけた私は、岩波よ!お前もか。と思った。他文庫が俗悪なカバーに包まれる中で、最後まで帯びとグラシン紙だけのシックな装いで本屋の片隅で凛としていた。半透明のグラシンから透けて見える文様とタイトル、薄茶色の表紙。地味だけれども簡素な美しさがあった。読者に決して迎合しない、読みたい人だけが手にとればよいという頑なさを内に秘めていた。表紙は数年すると深みのある色に変色する。判で押したような凹凸のある印字。これが読むのに心地よい。私は期待と諦め半々の気持ちで本屋に行った。果たして数冊の岩波文庫がカバーに包まれていた。それは無粋なもので驚いた。今では慣れたけれど、やっぱりグラシン時代のほうが味が在った。
今、手元にあるのはカバーつきとカバーなしが半々である。その頃だと思う。急速に岩波文庫から遠ざかったのも…

7・「多情多恨」・尾崎紅葉著
紅葉といえば、代表作は「金色夜叉」だが、私は「多情多恨」のほうが好きである。明治二十九年作。鷲見柳之助なる主人公が亡くなった妻を昼夜をいとわず思い悲嘆にくれる。友人が、これではいけないと自宅に同居させる。最初、鷲見は友人の細君がどうしても虫が好かなかったが、だんだん好感をもつようになる…。この作品は鷲見の心理をズタズタに解剖している。少々煩くも感じるが漱石以前にこれほどの心理描写があったのは驚きである。その分、物語性は乏しいが。文章は「である」体で難なく読める。最近改版がでたが、出来る事なら旧版で読んだほうがよいと思う。
というのは旧字旧かなで往事の雰囲気を味わえるからである。
他に「三人妻」、「不言不語」、「二人比丘尼色懺悔」、「伽羅枕」、「二人女房」がある。

8・「今戸心中・他ニ篇」・広津柳浪著
表題作の他、「変目伝」、「雨」を収む。
「雨」は傑作。天候に左右される紺屋職人夫妻の悲哀を描く。
人間の不幸は、彼を取り囲む環境に由来する。社会のひずみを残酷に描く、その作風から鏡花と共に悲酸小説と称される。鏡花の「外科室」、「夜行巡査」、「義血侠血」も極端だが、柳浪の世界も極端すぎる。これほどのものを残しながら、わずかに文学史上に名をとどめるのは寂しい。文庫未刊の「残菊」、「畜生腹」、「非国民」…タイトルだけでゾクゾクする。文章は平易で読みやすい。
他に「河内屋・黒蜥蜴・他一篇」がある。柳浪の名は他文庫でみたことがない。

9・「太郎坊・他三篇」・幸田露伴著
紅葉が出たのだからライヴァル露伴を出さずにいられようか。という訳でもないのだが…。やっぱり気になる存在である。本書は表題作の他、「夜の雪」、「不安」、「付焼刃」を収む。いずれも言文一致の好短編。露伴三十代の作で読みやすいものばかりを集めた。露伴の作では「五重塔」、「運命・他一篇」は常設である。「五重塔」はともかく「運命」から入った読者は露伴嫌いになること必定である。「太郎坊」あたりからなじむのがよいと思う。ところがこの本絶版でめったに重版がでない。改版は改悪と改版嫌いの管理人も露伴に限っては改版されたもののほうがよいと思う。例えば「努力論」の旧版はそこいらの漢和辞典では出てこない漢字があちらこちらに頻出する。流石、鉄人いや哲人である。改版でよくなった。岩波と露伴の関係は深い。「蝸牛庵訪問記」(小林勇著/講談社文芸文庫)にくわしい。そのせいか文庫も多い。
「いさなとり」、「二日物語・風流魔・他ニ篇」、「幻談・観画談・他三篇」
「風流仏・一口剣」、「評釈猿蓑」、「辻浄瑠璃・寝耳鉄砲」、「天うつ波」
「連環記・他一篇」、「一国の首都」、「露伴随筆集」
が存在する。
本は復刻されても、この人の人気が復活することはないだろう。明治は遠くなった…

10・「あられ酒」・斎藤緑雨著
いつの時代にも、どこの世界にもいる、寸鉄人を殺す人が。こういう人の餌食になったらかなわい。視線が合ったら、おしまいだ。だから逃げるが勝ちというもの。
慶応三年生まれの批評家緑雨の雑文集。初版明治三十一年。短文で文壇から政治、世相、花柳界まで揶揄している。緑雨の小説は、性に合わないが警句はおもしろい。例えばこんな調子である。
○熱心なる菜食論者の、人も牛も異なることなき由説明かしけるに、聴き居たる一人、頭をもたげて日ふ、でも僕等に角がない。
○幸なきはお前が姉様、歳三つにて死したりと七つなる児にきかすれば、では妹ぢやないか。
○うるさく乞食の付纏はるに、小銭のなければと袂を振払へば、そんならお釣りをあげます。
警句というより粋な駄洒落というべきか。こういうものは意外と難しい。センスがものをいう。明治三十七年没。本人自ら用意した死亡通知書が「僕、本月本日を以て目出度死去仕候」である。ここまでくれば粋人である。こういう人がいなくなった。他に「油地獄・他ニ篇」、「かくれんぼ・他ニ篇」がある。

11・「魔風恋風」(上下二冊)・小杉天外著
明治三十年読売新聞連載。天外はゾラの影響を受けていると言われるが、難しい事は(柳家金語楼風に)お・い・と・い・て、岩波らしからぬ通俗小説。(もっともこの頃は通俗も純文学もはっきりしないのだが) 女学生萩原初野の波乱万丈の物語。(岩波はこういうものをもっと発掘するべきだ。)「金色夜叉」におとらない。すでに連載小説の読ませる工夫がなされている。ただの通俗小説ではない。この時代の読者は文章自体を味わう能力が身についている。天外はよくその期待に答えているのだ。文句なしにハラハラする実感を味わえる。「である」体で読みやすい。尚、本書では天外自ら解題を書いている。他に「初すがた」がある。

明治二十年代後半から三十年代は百花繚乱。雨後のたけのこのようにいろいろな作家が登場する。硯友社に限っても巌谷小波、江見水蔭、尾崎紅葉、広津柳浪、中村花痩、大橋乙羽がいる。紅葉と柳浪以外も一、ニ篇はすぐれたものを書いているので文庫化を期待したい。漱石だけではないのだ。
                                           ※太字は岩波文庫既刊
                                                     (続く)

テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
岩波文庫(緑帯)絶版20選(弐) マルジナリア/BIGLOBEウェブリブログ
[ ]