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<<   作成日時 : 2007/04/15 05:18   >>

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「今戸心中 他ニ篇 」・広津柳浪著・(岩波文庫/「変目傳」、「雨」併収)

岩波文庫から出ている広津柳浪の作品を久し振りに読みました。
広津柳浪という作家は近代文学史上、きわめて特異の作風を持っています。一般的知名度は、低いですが、紅葉露伴に匹敵する作家であると思います。明治文学の大物でありながら、ぽつんと置き忘れられているのです。紅葉露伴を論じるは者は多いですが柳浪を論じる者は、極めて少ないです。多作でありますが、現在あるものでは岩波文庫二冊きりです。最近になって筑摩書房より単行本が上梓されました。柳浪の全集は今までに出たことはないそうです。未だに全貌がわからない作家です。比べれば紅葉露伴が風前の灯火とはいえ、継続的に文庫はでている、全集はある訳で格別の扱いであります。柳浪がなぜ、冷遇されてきたのか謎です。文学史上の位置付はさておき、柳浪の作品を一つでも読めば、その強烈な印象とともに、彼がいかに特異な作家であるかわかると思います。

柳浪とは、どのような人物か、簡単に略歴を記します。
文久6年8月ー昭和3年10月、長崎生まれ。本名、直人。家業を継ぐため東大医学部予備門に入るが気が進まず中退、のち五代友厚の世話で農商務省の官吏になるが立身出世する気なく挫折。放浪生活が続く。「君は筆が立つやうだから思い切って小説を書いて見ないか」と画家山内愚仙に勧められ長編小説「女子参政蜃中楼」(明治20年)を書く。山内愚仙により東京絵入新聞に売られ連載された。明治22年、硯友社同人となり「新著百種」の一冊として「残菊」を出版した。ここで作家の地位が固まる。明治28年、「変目伝」、「黒蜴蜒」、「亀さん」で悲惨小説の分野を開拓する。明治29年、「今戸心中」、「河内屋」、明治35年、「雨」で注目を浴びる。しかし明治42年以降、ほとんど創作せず昭和3年に歿した。
※ 以上は「新潮人名辞典」、中村光夫著「明治文学史」(筑摩叢書)、「父、柳浪のこと」広津和郎著(岩波文庫「今戸心中」解説)を参考に纏めた。

柳浪という人は変わった人で、人づきあいが苦手であったようです。柳浪に、二度会った藤森順三という人は、「柳浪は偏狭であった。頑固であった。真ッ正直であった、そして融通性に全然欠けていた。」※1と言います。硯友社では少し年上でしたので客人格の扱いでありました。作家になるまではエリートの道が十分開けていたわけですが、性格が災いして挫折しました。作家になった動機も人に勧められてというのは珍しいです。(漱石もそうですが。)
しかし作家としては一時代を築いたのだから大成した言えるでしょう。
創作も変わっています。後藤宙外※2に、「創作するのに恵まれた条件は?」と聞かれた時、
「書くのに最もよいのは夜がふけてからで、徹夜をしてニ晩目位の午前ニ、三時といふ時分、頭が少し痛くなって、鉢巻でもしたい気分になると、不思議に興が湧いて来て、筆が面白い程、自在に進んでゆくのですよ、だから己むを得ず、日中筆を執る場合には、雨戸をしめて、室内を暗くして書くようにして居ますよ。どうも日がさす室では気が散っていけません。」※3

柳浪の作品は悲惨小説と言われています。「変目伝」は顔に焼けどの跡があり、背丈が低い伝吉と言う男のあだ名です。彼は真面目な男ですが恋のために殺人強盗をしてしまいます。
周りの心無いいたずらが悲酸な結末に到る物語です。暗く、怪奇な感じですが、美ぶん調の文体が人情的な味を出しています。
「今戸心中」は花魁と客の心中物語です。情人と離別した花魁が、別の男の破滅に同情し、前の情人を慕いながらも心中します。花魁の心の機微が書かれています。
「雨」は紺屋職人夫婦の悲哀の物語です。明日の米もままならない貧乏のどん底に生きる夫婦が破滅します。物語の最後がパッと消えてしまう所は幻想的です。
皆、社会とか境遇から不幸になる作品です。

※1・広津柳浪研究(筑摩書房明治文学全集19・広津柳浪集)
※2・小説家 (慶応2年―昭和13年)
※3・向島松壽園の頃と柳浪(「明治文壇回顧録」/筑摩書房明治文学全集19・広津柳浪集)


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