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help RSS 小杉天外著・魔風恋風[後篇・中]

<<   作成日時 : 2008/07/30 00:57   >>

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「魔風恋風」・小杉天外著(岩波文庫) C

吟味
「をりあい」(前ページ)のあった明くる日の午後… 殿井の下宿。
殿井、島井(初野の下宿のお主婦)を相手に立腹。突然、初野が下宿を出ると云い出し、波も連れて行くという。殿井、波を肺病患者の奉公先から引き取った恩も忘れて、その他にもいろいろと面倒見たのに義理を知らない女だと。(実際にはたいしたことはやっていない。すべて初野をものにするための努力であった)
島井、階下にいる波に訳を聞けば…
―「お主婦さん、旦那様には秘密よ、」と願って、「あのね、私がね、旦那の様な道楽者の家にいるとね、姉様に悪い噂が立って、最う姉様の一生が棄つて了ふんだツて…、だから、最う一時も斯うしちゃ置けないんだツて…」―
お主婦、あきれる。(あっさり本当のことを白状するのは、やっぱり十三の少女である…)

自炊
駒込吉祥時の裏手の百姓家の離室が初野と波の新居である。目に入るものは木立、竹薮、淋しい所である。波、早くも不安な様子。あと二タ月の辛抱と初野励ます。
…母屋に来客あり。夏本芳江であった。
積もる話が終って、芳江帰ろうとするが車夫がいない。遥かに見渡す野菜畑から木立に消えた背姿が…東吾か!?

義理
初野、初めての自炊に取り掛かろうとした矢先、東吾訪ねてくる。思いのほか丁重である。東吾、一束の札を初野に差し出す。が、初野、芳江のことを考えて受け取らない。東吾、札をしまい憮然として立ち去る。

指輪
夏本子爵の屋敷。夫人と商家の手代と見える男のやりとり… 夏本家の婢が指輪を金に換えようと来たので夫人に報せに来たのだ。その指輪は夫人が芳江に結婚式用に買い与えたものである。手代、指輪を置いて帰る。
夫人、芳江に問い詰めるが訳を言わない。しまいには東吾のいる房州に行くと言う。夫人、やっぱり初野のためだと悟る。

疑念
指輪疑惑のあった日の夕方、夏本子爵夫人、東吾の下宿のお主婦(倉岡)を屋敷に呼び、東吾の様子を聞く。初野が訪ねて来たこと、まだ房州に行っていないことを知る。

親子
神田猿楽町の佐久間信元(東吾の実父)の家。向かい合う東吾と父。なぜ、房州に立たぬか、高利貸しに借金をしたか訳を詰問する父。母も交えて情に訴えて落とそうとするが白状しない東吾。ついに母、初野のことを持ち出した。東吾、本音を吐く。
「借金したのも、房州に行かないのも、萩原の為ですとも。僕は、彼の女が好きです、芳江よりも好きです、それが何うしたんです?」!

まよひ
初野の仮住まい。ついに金つき、お波、殿井に金を借りたことが初野に知られ、叱られてしょげ返っている。初野、お波から芳江と東吾のことを聞き驚く。殿井の話によれば、東吾は他に女があって、借金などもしたから芳江とは破談になって、芳江は別の婿を迎えるという。従って芳江は外に出ることもなく、初野へ送金などしないという話である。そこへ殿井、お波を訪ねて来る。初野、隠れる。初野、東吾の女は自分ではないと自分に言い聞かすが…、また狂の窮乏、やっぱり殿井を頼ろうか…心は迷う。
と表に東吾現れる。ふたりは木立の陰で話す。初野、芳江のことを尋ねるが東吾、何も言わずただ援助したいとのみ。いつかの入院料も自分が払ったと告白。そしてついに、
「貴女も然う思ってましたろう!初野様、彼様な事を為るのも…、詰まり僕は、疾から僕は…、貴女を恋して居たからです!」 東吾、逃げるように出て行った…
※ 下線部、前篇「意外」の入院料のこと。

新しき望
「まよひ」の翌日、初野の仮住まい。お波、憮然として殿井に金を返しに行く。しばらくすると俥の音が… 夏本芳江であった。東吾と離縁になったことを話す。芳江、初野に東吾の胸中を聞いてもらいたいと頼む。初野、東吾を訪問することを約束する。

いよいよ、初野は妹お波を連れて島井の下宿を飛び出す。殿井など嫌な男が出入りしている下宿だから、変な噂も心配ではあるし、姉妹に間違いがあったらもっと大変なことになる。この選択に間違いはあるまい。が、すぐに経済の問題が目の前にぶらさがる。殿井も嫌われているに、波を引き取って初野に恩を着せようなどとは間が抜けている。さらに世話をしたのに挨拶なしで出て行くとは不届きと立腹するのは小さい。実際は世話もなにもやってはいないのである。すべてこれ初野を我がものにするための算段である。
殿井はどうでもよいとして、萩原初野、夏本芳江、夏本東吾の関係が難しくなってきた。
芳江は初野を義姉と慕う。お嬢様が母に隠れて指輪を金に換えて初野に援助しようというのだから慕いかたも相当なもので、いわゆるSというものだ。ただ、肉体的関係のない精神的恋愛であることは言うまでもないことであるが。
芳江と東吾は許婚の関係である。芳江は東吾を好いているが、東吾は芳江を好いていない。東吾が好いているのは初野である。初野もまた東吾を好いている。芳江は二人の関係を知らない。初野が東吾を、東吾が初野を好いているのはどこまでも自分の将来の夫としての付き合いであると思っている。さすがに世間知らずのお嬢様であるが純粋でもある。初野と東吾は理性でなんとか制御してきたが、ついに東吾は一線を超えて告白してしまった。ここで三人のバランスは崩れる。初野は自分がいつしか芳江の加害者になっているのだ。気の毒なのは芳江である。義姉が自分のフィアンセと恋愛しているのだから。東吾はもう終りだが、初野はまだ理性で自分の感情を制御しようとする。この立場も苦しい。東吾をとれば芳江を裏切ることになる。芳江をとれば東吾を失う事になる。両方を満たす変数Xは果してあるのだろうか?現代小説ならば友情より恋愛を簡単に選択するであろう。
初野の妹お波は殿井や島井の誘惑にじっと耐えている。初野の言うことが絶対なのだ。ちょっと十三歳にしてはませているけれど子供らしいところもある。お波の描き方はいかにも可愛らしい。
しかし、もつれてきた。初野には@東吾・芳江A経済B病気の問題が一挙に押し寄せようとしている。
最近上梓された十川信介氏の「近代日本文学案内」(岩波文庫)で自立する女性の代表作として「魔風恋風」と「青春」(小栗風葉)を上げている。
しかしこれらと併行して、「学問」や「文学」によって自立しようとする女性も小説の中に登場しはじめた。一方では家父長の権力を明文化した明治民法が施行され(親族・相続の二編は明治31)、他方では高等女学校令(明32)によって、前者の男女の不平等に反発した女性たちが、「学問」によって家族制度の傘から脱出しようとするのは自然の勢いである
この小説は小杉天外による創案であるのは疑いのないことだが、十川氏の指摘するところによれば、社会との相関関係によって必然的に生まれたものといえよう。初野も東吾も芳江も家父長制の犠牲者である。自由恋愛などはまだ夢物語の時代だ。その掟を破壊するのが如何に困難なことであるか、ある側面からみたら社会制度と闘う小説でもある。しかし、女性が自立するのはまだまだ難しい状況である。まったくの男社会なのだから。さて、如何に。

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