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help RSS 小杉天外著・魔風恋風[後篇・下]

<<   作成日時 : 2008/08/01 01:21   >>

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「魔風恋風」・小杉天外著(岩波文庫) D

わかれ
お波、島井のお主婦と相乗りの俥で、初野の仮住まいに帰る。波、初野が怒っていやしまいかと不安でお主婦を連れてきたのである。車中、またもや、お主婦、波に悪知恵を吹き込む。着いてみれば、初野は不在、波とお主婦、ここでも打ち合わせ。と、そこへ東吾がやってきた。お波、お主婦にそそのかされた通り、つっけんどんに東吾を追い払う。
場所は変って三崎町の堤下。初野、脚気で倒れている所に巡査現れる。巡査、住所氏名等を聞くが初野答えず。学校の名誉、自分の名誉を慮って。知っている車夫現れ巡査去る。東吾と一緒だという。東吾、お波につっけんどんにされた帰りであった。実は初野も芳江に頼まれて東吾に会いに行く途中であった。
…芳江の話から始まって、東吾ついに初野に恋を告白する。初野と東吾、口づけ…
東吾、初野に結婚の約束をせまるが返事せず。芳江のことがあるからである。東吾、大学を中退する決意を語る。初野、芳江に東吾のことをいかに報告するべきか相談するが、放棄つておけとそっけない態度。初野、返事はしないが芳江の件は東吾に任せる様子。初野と東吾、初野の試験が終るまで会わぬつもりで再度口づけの後別れる。(が、この約束はすぐに破られることとなる…)

逃亡
初野、十二時に家に着く。波、不機嫌な様子。訳を尋ねれば、東吾を止めて殿井に金銭補助を頼めという。姉妹、口論となる。お波の言葉、
「そんなら、東吾様と其様な事したら、芳江様のお婿様を盗むて云ふもんじゃ無いか」
「だツて、然うぢや無いか…。其様な不品行な事をしたら、幾ら学者だツて、最う、誰も姉様を對手にする人なんざ無いんだ、最う、一生名誉の揚がりツこはないんだ…、而して、終ひには、私生児でも産んで、一生日蔭者に成ツ了つて…」 初野、怒ってお波を外へ出す。暫らくして見に行ったら波、庭に倒れていた。波の云うことは初野が最も恐れている本音である。

假病
夏本邸。芳江と母、険悪な状態。新しい婿を迎えるという母に反発する芳江。どこまでも芳江は東吾のみである。夏本子爵夫人、その件について頭を悩ませ体調が悪い。(芳江に心配させ、婿をとる算段か?仮病とも疑われる)
中働女から母の機嫌の悪いのを聞き芳江、母の部屋に行く。やっぱり婿のことで縺れる。芳江、母に初野を通して東吾の意中を聞いてからにして欲しいと頼む。それを聞いて母、ついに初野と東吾のよからぬ噂を話すが、芳江信じることができない。もし初野と東吾が母の言うと通りであったなら芳江、一生独身で通すという。芳江も母も泣く…

珍事
場面変って、東吾の友人の仮住まい。(東吾、倉岡の下宿を出て友人の下宿に居候。ここは初野の他は知る者はいない)初野、東吾を訪れる。初野、殿井の所に行ったお波のこと、芳江のことを相談にきたのである。東吾、波は初野卒業までは放棄したらどうか、芳江は病気になっている、夏本家は離縁の取り消しを求めていることなどを話す。これを聞いた初野、心揺らぐが東吾、覚悟を決めるように促がす。初野、東吾と結婚することに違わない。二度と芳江のことを東吾の前で言わないことを約束する。
…初野、家へ帰れば芳江がいる!
芳江、東吾との経緯、新しい婿のことを話す。初野、初耳の体で接する。実は東吾より全て聞き知っていることである。芳江、頼みは義姉(初野)ばかり、家出をしたので同居したいという。
初野、同情はしたが眼を据えて、
「貴女は、私を疑って在らツしゃるでせう?」と言い放つ。というのは初野に東吾の意中を聞いてもらいたいと頼みながら、そのことは一向に芳江、口に出さないので、東吾と自分のことを疑っていると思って。頼みは前ページの「新しき望」にあり。芳江、驚く。東吾の居場所がわからないので初野も探しっていると思って…それで黙っていたと弁解する。初野、恥ずかしくもありホッとする。
…車の音がするやいなや三、四人の声が表でする。芳江の家のものが探しにきたのである。初野、芳江を押入れに隠す。初野、なんとか芳江を知らないとごまかす。夏本夫人の無礼な態度に憤りを感じるが芳江の手前、我慢する。押入れから出てきた芳江、泣き伏す…

胸の中
根津権現横手の貸し二階。芳江がとりあえず住まう家である。ここは初野が自炊をしようと思ったとき、探した家である。もちろん誰も知る者はいない。芳江、初野に東吾の意中を探ってもらうよ頼む。とにかく帰ることになった初野を見送る芳江、心細い感じで。こういうところに住まうのは初めてなので心配なのだ。
…初野、芳江と別れたのち、東吾の家に足を運んで、とにかく一度芳江に会ってもらうことを頼みに行こうとしたが、夜も遅く、疲れて眩暈もしたので断念。そのまま家に帰った。
以下、初野の胸中、原文より、
「結局は、自分は男の意見に従ふより詮方が無い、芳江とても、幾ら懐ふ心が切であろうが、男が厭と云ふものを、別に方法も手段も盡しやうがあるものではない。けれども、事柄の経過が何うであろうと、結局は落着為ようと、芳江に對する友誼として、私は私の盡すだけのことを盡さねば濟まないのだ」

こういうヒイロインものでは主人公の容姿はどういう感じであるのか、いつも想像をめぐらすことになる。挿絵でもあれば、あゝなるほどと思う。ないものについては具体的な眼に見える形として考えるのはいつものことである。わたしに限ったことでは無いと思うが。学業優秀で容姿端麗(それも同性が誉めるくらいのとびきりの美形である)、性格は芯がある。まず、美人ではあるが艶がある口ではないようだ。清楚と言う感じで、お嬢様育ちではないが振舞いの美しい事、教養のあること、その上にやや男勝りの強さを持ち合わせている。女優で云えば…やっぱり若い頃の吉永小百合か。結局、イメージは彼女が一番近いように思う。まあ、これはどうでもよいことである。
小説のほうは新展があった。初野・芳江・東吾の微妙な三角関係が揺らぎ始めたのだ。ついに初野と東吾は相思相愛の仲を互いに認め将来は結婚の約束をしたのである。家という足枷を乗り越えた自由恋愛だ。が、初野は芳江のことが気になる。芳江は初野と東吾の関係などありえないものと思っているのだ。さらに芳江は東吾が好きである。義姉とも慕う芳江に初野は苦しい立場である。芳江と東吾、両方を選択するすべはないだろう。ここは東吾の云う通り、芳江を放棄っておくしかないかもしれないが、今までの関係を考えれば… ここは作者にとっても難しい選択だ。もう少し、あとのほうを見なければわからない。一方、東吾のほうはサバサバしている。もう、養家のことなどどうだってよいという感じである。愛を成立させるには痛みを伴なわなければならないと開き直っているのだ。初野は新しい時代の女だが、旧時代の道徳をも持ち合わしている。これを乗り越えるのは難しい。
ここにきて、初野の性格に微妙な変化が現れていること指摘しておこう。経済、病気、芳江の問題にお波の問題が加わった。ここにきて独立心旺盛な初野も疲れがでている。これからは東吾の意見に従うなどは、これまでの初野になかった考えである。このあたりが限界かもしれない。また、芳江に会っても東吾については嘘を貫くなども東吾を一番とし二番に芳江という考えが自ずとあるからである。口づけを境に少女から女への変化があったと見て差し支えないだろう。初野の心の機微を天外はうまく捉えたと思う。さすがは力のある作家だ。

この小説ではしばしば車夫が重要な役割を演じる。今日で考えれば、その労力を考えれば、労賃は高額と思われがちだが、実態は下層階級労働者で低賃金である。明治30年半ばにもなれば過剰で車夫同士、客の取り合いで喧嘩もしばしばあったようである。運賃は交渉で安くもなったそうだ。これは松原岩五郎の「最暗黒の東京」に詳しい。「魔風恋風」は東京市の極狭い、俥で行き来できる範囲の場所での物語だ。汽車での移動はないのである。少しなじみの車夫は本来の仕事の他に雑事なども引き受けている。こういうことは映画などではわからない事で、「魔風恋風」が風俗絵巻と云われる所以であろう。

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