マルジナリア

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<<   作成日時 : 2008/08/05 23:09   >>

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「作家の食卓」(コロナブックス)より

本当に腹が減ったら、インスタントラーメンが至福のひと時をもたらすであろう。だいたいの人はそこまでいかないうちに食べるから旨いとは思わないのだ。さらにいけないのは、あれを食べたい、これを食べたいと想像しながら食べるから幸福になれないのである。とにかく食べる物がまずくなったらギリギリまで腹をすかすことだ。その時にはなんでも美味く感じるものである。インスタントラーメンも玉子を落とし、メンマとありあわせの青物を一つまみ添えれば立派な一品料理なのだ。さらにナルトを一切れ添えれば申し分ない。出来上がったら、他の事は置いといて一気に行くのだ。嗚呼、ここまで書いてきてラーメンが食べたくなった…画像
華麗なる食卓がラーメンの事とは笑止千万という莫れ。人の食卓をあれこれ言うには、これくらいの気迫が必要なのだ。なに、こっちも武装してかからないと腹の皮と背中の皮がくっ付いてしまうのである。
だいたいもの書きを生業としている人は朝が遅いようで、午前10時頃やおら起き上がって朝食兼昼食で、そのあとなんとなく過ぎて7時ともなれば夕食で、10時ごろエンジンがかかって明け方近くまで仕事をする人が多いようだ。嗚呼、なんと不健康な生活であるが、深夜は精神の昂揚が烈しくなるのは、凡人も経験済みのことであるから、作家は精神に魔が降りた時のほうが仕事が進むのであろう。そして家にいる時間が長いから自然と食べ物にやかましくなる人もいるらしい。立原正秋は朝おきるとまずはビール一本で、それから鎌倉の海岸を散歩して漁師から魚を分けてもらい、それで朝食兼昼食にしたそうだ。なんだか牧歌的で羨ましい。だが目ざめのビールは驚きだ。あれは胃腸に悪いだろ。立原氏は自分でも料理をしたとい。同じ鎌倉在住の澁澤龍彦は、やっぱり採れたての魚で朝食兼昼食だ。澁澤氏は甘鯛のから揚げが好物で、目ざめの一言が「今日は何を食おうか」だと龍子夫人の証言がある。澁澤氏は専ら食べるだけの人である。立原氏にしても澁澤氏にしても痩身だから食は細いと思いきや、旺盛であったのだ。石川淳は毎日ステーキ三枚をペロリというのも畏れ入る。いくら好きでも毎日ステーキはきつい。胃が丈夫だったのだろう。ステーキ好きといえば谷崎潤一郎を忘れてはいけない。谷崎はステーキに限らず、鱧、ぐじ、すっぽん、中国料理や西洋料理のこってりしたものが好物であったそうだ。谷崎の晩年になっても艶のある肌は、そうだろうと想像できるが。「鍵」とか「瘋癲老人日記」のスタミナは脂だ。脂の抜けた川端康成には無理だろう。

美食家の話は尽きないから止めて、ライスカレーとラーメンの時代的考察をした男がいる。その男の名は寺山修司である。その前に自分はライスカレー人間かラーメン人間か直感で決めておく必要がある。わたしは上にも書いた通り、腹が減ったら先ずはラーメンだからラーメン人間だ。では以下、寺山の薀蓄と判定を引用しておく。
ライスカレーとラーメンの時代的考察をしてみようと思いはじめた。
この二つの食物は、ともに学生やサラリーマンにもっとも身近なものであって、これに餃子を加えると大衆食堂「三種の神器」になる。だが、ライスカレーとラーメンはよく似たような愛され方をしているように見えながら、実は微妙に違ったファンを持っているのである。一口に断定すれば、ライスカレー人間というのは現状維持型の保守派が多くて、ラーメン人間というのは欲求不満型の革新派が多い。それは(インスタント食品をのぞくと)ライスカレーが家庭の味であるのにくらべて、ラーメンが街の味であるからである。

彼ら、ライスカレー歩兵にとって、幸福の最大公約数は「よく眠ること」「親子そろって無事であること」「テレビを観ること」などである。

ラーメン人間は、何時も少し貧しく、そしていらいらしている。あの、地獄のカマユデのように湯気の立ちのぼるラーメン屋の台所には、何かしら、「戦争」のイメージさへ思い出させるものがある。

さて、いかかがであろう?わたしについて言えばラーメン人間に近いと思うから当っている。ラーメンとライスカレーを語るとは、さすがに寺山らしい。ステーキの薀蓄を語られるのはうんざりだが、こういうのはよい。

値段のはる物を食すばかりが美食家ではないのだ。戦後、千葉県市川市に住んだ永井荷風は、戦後の食料品不足と独身であることから合理的な食を開発したのである。ほうれん草、にんじん、大根を千六本にして飯盒で一緒に炊き込んでしまう「五目炊き込み飯」である。ご飯とおかずが同時に出来上がるのが炊き込み飯の利点だ。安くて栄養万点である。これも荷風がやるから貧乏くさくないのだ。あえて貧困を楽しんでいる感じで。ただ、座敷の上で七厘をやったからたまらない。畳をポチポチ焦がしたものだから家主に追い出されるはめになった。内田百間の「御馳走帖」なども時代のせいで旨い物を食べるというより食料をいかに確保するような話である。油揚げも食べ方で、
「じゅん、じゅん、じゅんと焼けて、まだ煙の出てゐるのをお皿に移して、すぐに醤油をかけると、ぱりぱりと跳ねる…」 あゝ、香ばしい匂いが漂ってくるようだ。

たいていの人は嫌いなものが一つはあると思うが、三島由紀夫は変っている。蟹が嫌いなのは有名で、「蟹」の字も嫌いと言うから本物だ。そのわけは切っても血がでないからとういう妙な理屈である。日本刀は大丈夫でも蟹には弱かった。焼津の兄さんの蜘蛛嫌いと同じだ。蟹と蜘蛛、シルエットが似ているから共通することがあるのかもしれない。この人は料理に口うるさい人ではなかったようだ。父君平岡梓氏によれば
好き嫌いは別として、そもそも倅の味覚なるものは全く以って問題になりません。例えば、あの店のビフテキはうまかった。何となれば甲の店は何千円だが、乙の店はこれより高く何千円だった、即ち乙店は甲店より何千円高かった故をもって乙店のほうがうまかった、と申すのでした。こんな調子ですから腕自慢のコックをガックリさせることが間々あったようです。すべて数学的に、代価の高低によって味の良し悪しをきめる癖がありました。「倅・三島由紀夫」
値段の高いものが美味いと感じるのはわたしと同じだ。文学は芸術至上主義だったが味覚は通俗的であったということだろう。こういう話は親近感を感じる。

美食家も外食派と自炊派にわかれるが、壇一雄は自炊派の一人だ。「作家の食卓」には肉屋の店先でゲタ履き、大きながま口につり銭をしまっている写真が出ている。主婦も顔負けの買出しである。
「この地上で、私は買い出しほど、好きな仕事はない。あっちの野菜屋から、こっちの魚屋と、日に三、四度は買い出しまわっている」(「壇流クッキング」・1970)
本当に、楽しそうだ。材料の吟味から始まって、時間をかけて調理し、さて出来上がったら、グラス片手に召し上がる… 腹がいっぱいになったら横になるのが最高だ。が、後片付けはどうするのだろう。この種の本は後片付けに言及しているものは皆無なのだ。主婦の料理は仕事だから手間もそうそうかけてはいられないだろう、男の料理は基本的に趣味である。だから、おおげさに本格的にやる。そうなれば自然台所は狼藉三昧、食器も使いたい放題で後先のことを考えない。家庭には習慣があるから、奥さんが後片付け担当なら、それはそれでよいと思うが心配だ。 
いつだったか、車のラジオを聞いていたら志茂田影樹氏がこんなことを言っていた。(氏も美食家である)
要約すると、後片付けが楽しくないようでは、まだまだ食通とは言えない。食器洗いをしながら、食器に今日もおいしものを食べさせてもらってありがとうと感謝の気持を持つのだそうだ。そうすると後片付けが楽しくなるという。深い。美食家とは素材選びに始まって、後片付けに終る、その一連の動作を楽しむ者をいう。
どうでしょうか??

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
久しぶりに、かつての愛読書「檀流クッキング」を取り出して、見ました。なんと92種を紹介していたのには驚きました。
私が実際に作り印象に残っているのは「鶏の手羽先料理」。酒と醤油を半々に割ったものに漬け、焼く、と言う単純なもの。それと「手羽先のワイン煮」でした。
料理するということは、言葉の表現と同じで、何かを象徴しているように思えます。
2年の単身赴任時代、自炊時代の「卵」と「キャベツ」のシンプルな暮しを懐かしく思い出しています。
至誠堂
2008/08/11 22:46
壇一雄はセミプロの域ですね。彼の朝食は湯豆腐であったそうです。夏場もです。食道楽も谷崎や三島、澁澤は完全に食べるだけの人、壇一雄や立原正秋は自分で作って食べる人に分かれるようです。わたしは、なんでも流し込んで終わりです。味覚を楽しまないのは人生の楽しみの幾分かを捨てたようなものです。←今のわたしです。
野菜などはゴチャゴチャ煮込んだりしないほうが美味いと思えるようになりました。案外と甘味があるのものですね。料理を哲学と言えば大げさですが、素材の隠れたよさを探求することかもしれません。食を楽しむということ、これは人生を豊にすることには違いがないと思います。作る喜びも味わうべきなんでしょうね。忙しい現代に悠々と釜で飯を炊く…こんな生活がしてみたいです。
マルジナリア
2008/08/13 00:55

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