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help リーダーに追加 RSS 黒岩涙香著・蓄妾の実例

<<   作成日時 : 2008/08/25 01:42   >>

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「弊風一斑 蓄妾の実例」・黒岩涙香著(現代教養文庫)

蓄妾とは何事か、文明国日本に於いて人の見本と目される人士が、陰で隠微な快楽に耽る実態を黒岩涙香が自ら主宰する新聞萬朝報に暴露したのである。手っ取り早く言えば、畏怖堂々たる上半身に反して、パンツのゴムが弛みぱなしの男列伝である。総勢510名の罪状の記録だ。口うるさい正妻に愛想尽かし、金にものを言わせて、見目麗しき令嬢を囲い者にして、性の奴隷とすることに至上の喜びを求めた紳士貴顕である。画像
双方合意の上とは言え、このような前近代的行為は許されるものではあるまい。金さえあれば七十のじいさんでも二十歳の女を囲うことが容易な世相というのは不幸である。これは女子教育の未開によるものであり、また女子の職業が少ないためであり、貧困層が多いためである。妾となった女子には十分な理由がある。望んで日陰者になった者は少ない筈だ。そこにつけこんだ金満家こそ非難されるべきであろう。現代に於いても妾の存在は否定できない。が、生活苦のために妾となる者は少ないだろう。歴史教科書には記述されない陰の歴史でもある。

「萬朝報」明治31年7月7日から同9月27日まで連載された。このような個人的なものを新聞に載せれば現代では名誉毀損で訴訟を起されるであろう。掲載されたほうも、そのままにしていたのは個人の名誉という考えが希薄だったせいだと思う。涙香には紳士貴顕にはじをかかそうということより、現代日本に於ける女子の地位の低さに警鐘を鳴らしたものと思われる。このようなことが、国のリーダーシップを取る人間が公然とやっているのは言語道断である。
涙香が萬朝報に「蓄妾の実例」を載せた訳を彼自信の述懐によれば、
『一時蓄妾実例とか其他種々人々の行為を攻撃非難した為に大分悪まれもし、誤解もされた事と思ひます。然し私は素から一夫一婦を正しき人間の道と信じて居るもので、自ら信じ自ら行ひ、其信じたる事に依って社会を矯正しようとする許りでありまして、無暗に人を傷け人を罵りさへすれば好いと云ふやうな主意では決して無いのであります。世間には紳士の顔形、体裁をして居て待合通ひをしたり、随分身分を顧みない所の醜行をして、憚らない連中が多いやうに見受けられます。是を許して置くのが社会の為に幸福でしやうか。曾て内村鑑三君の入社せられた時、朝報は人身攻撃をするから不可ないと云ふに就いて、議論がありました。其時私は答へて、誠にお説の通りですが、是れだけは許して貰ひたい、自分よりも正しくない事を為る人があつたならば、之を黙許(ゆる)して置くのは社会全体の不幸であるから、之を攻撃するのは当然である。自分に一点の疚しい所なくして他人の過を責めるは、自分の権利であると思って居りますと云ったのでありました。斯して私は正しいと思った事を実行したばかりで、何も故意に人を傷けやうと為る様な考へは勿論無かつたのである。併し其後私も自分の友人に忠告するの外は、他人を責める権利は無いと考へて、近来は人身攻撃に渉ることは止めようと、明瞭に社員へ言い渡したのであります』 (「余が新聞に志した動機」) 涙香には単なる新聞ネタ以上に、社会の矯正という目的があったのである。しかし、罪状のみならず住所氏名まで書かれては気の毒な感じもしないではないが。
蓄妾はともかく、現代に於いては役人の公金の私物化が大問題である。誰か逮捕を覚悟の上、腐った役人どもの公金横領を公開する者はいないだろうか。写真付で二度と外を歩けないようにみせしめが必要だ。役人を矯正せずして社会は浄化できないと考えている。以下一部分を抜粋しておこう。( )内は管理人。

★ 犬養毅の細君千代(24)は元芸妓なるが、その妾斎藤せん(30)も烏森の芸妓にて11になる男の児さえあり、目下は牛込馬場下町三十五番地の宅に同居して犬養が病気の介抱に余念なしという。

★ 森鴎外 こと当時本郷駒込千駄木町廿一番地に住する陸軍々医監森林太郎は児玉せき(32)なる女を十八、九の頃より妾として非常に寵愛し、かつて児まで挙けたる細君を離別してせきを本妻に直さんとせしも母の故意によりて果たす能わず。母も亦鴎外が深くせきを愛するの情を酌み取り、末永く外妾とすべき旨をいい渡し、家内の風波を避けんためせきをばその母なみ(60)と倶に直ぐ近所なる千駄木林町十一番地に別居せしめ、爾来は母の手当を送りつつありとぞ。(※親まで外妾に加担しているのは異例だ。子供達には決して見せなかったもう一人の鴎外だ)

★ 渋沢栄一 は深川福住町四番地の自宅に大坂より連れ来りし田中久尾(28、9)という古き妾あり。日本橋浜町一丁目三番地の別宅には元吉原仲の町林家小亀こと鈴木かめ(24)なる妾を蓄う。

★ 伯爵勝安芳 氷川町四番地勝伯(76)は古くよりいと(59)なる妾を蓄えしが、二十九年四月中絶家再興のためいとをその生家に復籍せしめ増田姓を名乗らすこととし、今尚旧の如く自邸に養い置く。(※ 開明派の海舟も、やはり時代の人であった。このあたりが勝の限界かもしれない)

★ 原敬 大坂毎日新聞社長原敬は在京中芝区愛宕町二丁目十一番地に菅野孫太郎長女あさ(28)を妾とし置きたるが今春大坂に伴ないけり。

★ 勲三等医学博士北里柴三郎 が新橋の近江屋とん子こと小川かつ(22)を大金にて身請けしたるはたしか一昨年春頃のことなるが、初めは飯倉四ツ辻に住わせたれども、その後麻布町二番地丹羽五郎の旧宅を三千円余にて購い妾宅とし、かつとその叔母きく、としの両人及び下女石崎はつを住わせ近頃は川添の庭園を手入れ中なり。

こんな具合で延々と続くのだ。名の知れた政治家・経済家は言うまでもなく学者、教育者、僧侶、芸能家まで及ぶ。

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