斎藤緑雨著・かくれんぼ
<<
作成日時 : 2008/10/06 00:36
>>
ブログ気持玉 0 /
トラックバック 0 /
コメント 0
「かくれんぼ 他ニ篇」・斎藤緑雨著(岩波文庫)
(かくれんぼ)明治24年7月「文学世界」
緑雨得意の花柳小説。主人公山村俊雄が人に誘われて花柳界に行ったのが発端で、初めはまごまごしていたが、この男の本性か、次第に慣れも出て深みにはまって逃れられなくなる。悲恋ではなし、恋仲というのでもなし、ただいろいろな女が入れ替わり立ち代り俊雄と関係しては消えて行くだけの小説。かくれんぼとは女が出たり入ったりのことだろう。花柳界ものは苦手だ。まず花柳界を知らなければ話にならない。知らないで読むのだから、たい して面白いと感じないのも当然である。通人好みの小説で一般受けはしないだろうし、この小説が将来話題になることもないだろう。加えて一文が異常に長い。文庫本1頁改行ほとんどなしで、一文の長さ平均1頁半である。これは緑雨の文章の一大特徴だ。注意深く読まないと筋がわからなくなる。放蕩に身をもちくづす哀れな男の女遍歴を綴ったものである。駄洒落もふんだんにあるが、明治の世に生きていないわたしには理解不能の駄洒落もある。俊雄と女達の内面の心理も少しは書かれているが希薄である。総じて言えば緑雨作でかろうじて残っている小説だ。
参考まで湯地孝(文庫解説)の文から、本小説の本質を語った部分があるから引用しておく。
『目的は個々の対人関係や一人々々の人物にあるのではない。即ち成行や人物の動くところに生じてそれらに纏りそれらを包んでゐる世界である。言葉を換へて言ふならば、花明柳暗の巷の表裏を、芸者と客との交渉の種々相々を描き出し、そこにいろいろの場合や関係をくっきりと展開して見せ、以って遊びなるものがどういふものであるかといふ、その間の消息を、作全体の上から伝へようとしてゐるものである。この意味に於いて、この作は遊びそのものを描いたものである』
(門三味線)明治28年7月「讀賣新聞」
ようやく緑雨の文の調子に慣れてきた。この人の小説は独得のリズムを持っているから乗れないと苦しい。しかし古い文庫で注釈なしだから、判らないところはどこまでも判らないままで済ませた。新装したら本文より注釈のほうが多くなることうけあいだ。「門三味線」の題から、またもや花柳物と思いきや!打つて変わって少年少女の世界を描いたものであった。世評では「かくれんぼ」であるが、こちらのほうが余程出来はよいと思う。
これまで読んだ緑雨の小説―そうは言っても五篇くらいなもので大きなことは言えない―は酒と女と涙で咽ぶ塩辛い湿気た印象で―演歌みたいな感じで―明治20年代でも古い小説というより戯作という印象は免れなかった。それも仮名垣魯文の弟子であってみれば当然のことで、彼をして江戸文学以来の戯作文学が最後の花を咲かせたと云えよう。旧文学と新文学の間に現れた過渡的な人であったかもしれない。緑雨の本領は小説よりも「あられ酒」にる警句、批評の達人であった。田山花袋は『「かくれんぼ」の作者』で緑雨を以下のよう述懐する。「当時かれは戯作者といやしめられ、やかましい小舅と言われ、旋毛曲がりと評され、ある作家の群からはげじげじのように嫌われて、その人格をさえ疑われた。しかしあの鋭利な皮肉の筆は、かれ逝いて後、再び文壇にあらわれたであろうか」
「門三味線」は三人の主人公の織り成す少年少女の日常を描いた小説で、一葉の小説にも似た味わいのあるものだ。これを言語体に焼直したら風味が失われる。雅俗折衷体のよさがフルに発揮されている。それに緑雨特有の洒脱な言い廻しが花を添える。大事件というのはないが、それも其の筈で(発端)で中絶した未完の小説であるからだ。しかし、小説にとっては幸いした。三人の主人公は美濃屋(紙問屋)の一人娘でおとなしいお筆、荒物屋の娘お濱、こちらはややませていて気性が激しい、ともに十四歳に近き頃、それに鳶職の子巳之助、表面は荒っぽいが内面に優しさを秘めた少年、十六歳。諍いと仲直り、三角関係の真似ごともちらほらと、そこはまだ少年少女のことで付いたり離れたりで。たまには大人が顔を出すという具合の小説である。お濱の家はお筆の家に恩義があるらしいが、そんなことはお構いなしの子供同士の付き合いだ。しかし夫々が成長していけば、立場の違いが出て微妙に関係が変わってくる。三人の関係にひびが入るかもしれないし、嫌な事件が持ち上がって破綻するかもしれない。それを考えると、未完で終わったことが幸いした小説かもしれない。わたしは明治十年代のことかと途中まで思っていたが、上野の花見で酒に酔った二三人の武士が刀を抜いた場面にきて、これは江戸時代のこだと分かった。門三味線とはお濱お筆が浄瑠璃の稽古に行っている師匠文字兼(34、5歳くらい)のことと推測する。この人も時折子供たちの中に顔を出す人であるが、この篇では活躍の場面がない。おそらく後半で何かあるのだろう。
(おぼろ夜)明治32年1月「文藝倶楽部」
大川岸にある阿波屋に茶屋奉公していた若い女が、酷い父親に無理やり辞めさせられ、夜向う岸から阿波屋を見ながら過去を回想する。未完。
|
ブログ気持玉
クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ