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help RSS 三島由紀夫著・岬にての物語

<<   作成日時 : 2009/07/05 00:04   >>

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「岬にての物語」・三島由紀夫著(新潮文庫)

(苧菟と瑪耶) 「花ざかりの森」/昭和19年10月・七丈書院版

10代小説の一つ。場所は中世の北欧か、少年(苧菟)の恋物語り。苧菟は少女(瑪耶)に一目ぼれした。が、瑪耶は実在しているのか、少年の夢想なのか不明だ。それはともかく彼の館で目覚めたとき、枕もとの小箱、それは東邦の模様で飾られていたを開けると、一瞬香りのような揮発し易い声が聞こえた。「― 瑪耶は死んだ ! 」
神話のような展開である。ところが少年は瑪耶の死をたいして悲しんではいない。それどころか、少年は自分の中に恋人を完成させてしまうのだ。彼にとって実在は不在であり、不在は実在で観念の中で美化されたものだけが実在なのである。瑪耶の死は苧菟の中に確固たる瑪耶の実在を甦らせたのである。死が逆説的に生を煌々と照らしだすことに喜びを見い出したひねくれた感情の少年の夢想譚である。苧菟は作者・三島由紀夫その人であろう。異様な感覚 ― 死に対するあこがれ ― が透けて見える。

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(岬にての物語) 「岬にての物語」/昭和22年11月・桜井書店版

「私」が11才の夏を母と妹と房総半島の鷺浦という海岸で過ごした日の夢想譚。「私」は三島由紀夫と考えてよいだろう。「私」は《 その性向は乾燥し寿(いのち)衰えつつも、今なお根強く残っているが、幼年期から少年期にかけての私は、夢想のために永の一日を費すことをも惜しまぬような性質(たち)であった 》と述懐する。
その日も「私」と母と妹とオコタン(「私」の水泳教授を頼まれた人)は海岸に向かったが、「私」は泳ぎを覚えることを避けていた。「私」は波を見ているか傘の下で本を読んでいた。お昼頃、母と妹は伯母が来たという知らせを受けて先に帰っていった。「私」は泳ぎたそうにしているオコタンを泳がせて、傘の下に寝転がっていたが気まぐれな冒険心が東へむかって歩かせた。しばらく行くと荒廃した小さな洋館があった。中からオルガンの音が聞こえてくる。「私」は半ば開いている扉から忍んで、そこにある椅子に腰かけて聞いていたが座りなおしたときに音を立ててしまった。オルガンの音はその奥の部屋からしていたが、音はピタリと止んで中から美しい人が出てきた。
ここから一挙に夢想の世界に入って行くが、その前のオルガンの音から現実と非現実の世界が交錯しているのである。廃墟という小道具をうまく使った小説だ。「私」と少女とあとから部屋にきた青年は岬の突端に散歩に出かけて隠れんぼの遊びをする。「私」が二回目に鬼になったとき、断崖の方角から悲鳴に似た短い叫びを聞いた。百をとうに数え終わった「私」は二人を捜したがどこにも居なかった。「私」は二人の運命を理解した……
《 青年と少女の頬笑みには甚く相似たものがあった。成長した私であったら、それをただ「悲劇的」という言葉で包括したであろう 》とあるから二人は近親相姦の恋人同士かもしれない。現実の主人公から物語の主人公へ速やかに変わっていく小説である。近親相姦の話はのち「音楽」で発展することになる。
「岬にての物語」は著者も気にいっていた作品で、牧羊社初の豪華本になった作品である。川島勝氏によると昭和42年の春、三島の書斎でルミイ・グウルモン著/ジョルジュ・デスパニア画の「シモーヌ」の詩画集を見ていたときに氏がポツリと「いつか、こんな本を作ってみたいな」と漏らしたところ、「ああ、それなら『岬にての物語』なんてどう」と三島が反応したそうである。※「三島由紀夫」・川島勝著(文藝春秋社刊)に詳しい。

(頭文字) 「宝石売買」/昭和24年2月・講談社版

戦前貴族の悲恋物語り。朝倉中尉と千原渥子は恋人同士であったが、かねてからの両家の確執と華頂宮(かちょうのみや)から渥子への縁談話で結ばれることのない恋であることを両人とも知っていた。渥子の屋敷に忍び行った中尉は渥子と最初で最後の閨房を果たすが、中尉は渥子の乳房に二人の頭文字であるAとSをナイフで刻んだ。昭和14年の春のことである、宮中の馬場で打毬会(だきゅうかい)が催されたが、宮の放った球が観客である渥子に当たって、左乳房の下に青い痣があるはずであった。ところが目の前の渥子の体からは痣は消えていた。宮が渥子につけた目印に中尉は嫉妬した。彼はそれがどんなにか見たかったことか。しかし、こうして痣のない渥子の体を見るに及んで自分の妄想が滑稽に思えた。また渥子と肉の悦びを果たしたことで永続性や永遠性へのボルテージは急速に失われてしまった。そこで中尉は永続性のしるしとして乳房にイニシャルを刻むことを思い到ったのである。後年、著者は「葉隠入門」で言及している忍ぶ恋の変形であろうか。観念のうちにある恋こそが高いもので、肉体の結合は獲得できぬことの悲しみを失ってしまうから、中尉は宮に抱かれるであろう渥子の体にしるしを残して嫉妬の心を掻きたてようと考えたのではないだろうか。交情の場面は「憂国」の先駆的なものである。

(椅 子) 「遠乗会」/昭和26年7月・新潮社版

著者を知る人の間では「おかあさま〜」と著者が言うのは有名な話で、生前はよくモノマネされたそうである。三島由紀夫はマザコンには違いがない。谷崎潤一郎などもその気味はあるが憧憬といった感じで三島ほどはベタベタとしてはいない。「椅 子」は著者の幼少における原体験を母が手帳に書いた断片から再構成したものである。著者は母から離され脳神経痛というやっかいな病気に悩まされていた祖母の手で育てられた。昭和3年の春に母が書いた部分がある。著者が4才のときだ。《 朝から午後まで、うす暗い八畳の祖母の病室にとじこめられて、きちんと座って、一心に絵を画いているこの子供。それをじっと見ていなければならない若い母親が私だ。思いきり駆け出したいだろう。大きい声で歌も歌いたいだろう。そう思うとこっちの手足がむずむずしてくる…… 》
幼子が祖母の傍らで絵を描くだけの遊びしか許されないのを不憫と思うのは母親としては当然の感情であるが、子供の方では満更それが嫌いでもなかった。子供はどこか子供でなくてはいけないということを知っていて子供らしい態度をするが、それがまた大人を満足させるが、実は大人が考えているほど子供は純真無垢ではなくて醜悪な部分を持っている。母もまた悲しみを隠していたので、著者は母の悲しみが痛切には感じられなかった。母と著者の感情のすれ違いの悲しさを書いた小説である。

(商い人) 「詩を書く少年」/昭和31年6月・角川書店版

修道院覗きを手助けして収入を得る男の物語り。H修道院へ入れる男は修道院が許可した医師と修道院バターの検査院だけだと云われている。荘厳な建築物は塀で囲まれている。この禁制がかえって話題を呼び、見物人があとを絶たなかった。(来たところでとばくちまでしか入れないのは解ってはいたが……)
ある小男(年齢は不明)が梯子を塀にかけて覗き見させる商売を始めた。五分間、双眼鏡付きで御一人様100円也!客は順調に伸びたが、こういう商売には終わりがいつか来るもので、巡査に見つかってしまった。お前は見たのか?の質問に自分は見ないという。なぜ?の問いに《 私はついぞ見たいと思ったことがないのでね 》がオチの小説。このオチは著者の言葉だろう。おそらく見てしまったら観念のエロチシズムはおしまいで、見ないことこそが妄想を掻き立て、観念の中でエロチシズムは生き続けるのだ。

(月澹荘綺譚) 「三熊野詣」/昭和40年7月・新潮社版

かって作者は「目 ある芸術断想」(昭和40年8月/集英社)のあとがきで《 私は「目」だけの人間になるのは、死んでもいやだ。それは化物になることだと思う。それでも私が、視覚型の人間であることは、自ら認めざるをえない。私は音楽でさへ、聴くことができず、見てしまう人間なのだ 》と述べている。作者は戦後文化人の中では珍しく行動型の人であった。その中には滑稽に見えるものもあるが、とにかく行動したことに価値があるので、行動を忌み嫌う文化人がいかに氏を批判したところで言葉に力を持つことはない。このことは「行動学入門」(文藝春秋社)で述べている。「月澹荘綺譚」は強姦を視姦した男に対する白痴女の復讐譚で怪奇な作品だ。場所は伊豆半島の南端下田の突端にある茜島である。月澹荘という別荘があった。主は不能で結婚以来一度も夫人と夫婦の契りをしたことがなかった。それ以前に子供のころから主は見るだけの人間であった。ある夏のこと、主は山の頂の草原で使用人に白痴女を強姦させ、近くから女の顔をじっと眺めていた。のちにこの女は主に怪奇な復讐をする……
単なる怪奇小説と読めばそれまでであるが、この当時の知識人に対する作者の強烈な批判が込められている。絶対安全な場所から「〜あゝ、なんと可哀そうなことか、遺憾である」というのは簡単なことだ。しかし、問題に対して何の効力を持たない知識人の卑猥さを小説の主は代弁していると言える。この状況は今も続いてますます酷くなっていくようだ。作者にとって知行合一が知識人の条件で私もまた作者と同じ考えである。見るだけの人間はほんとうに醜い、卑猥だ。



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