澁澤龍彦著・玩物草紙

「玩物草紙」・澁澤龍彦著(初版昭和54年朝日新聞社/中公文庫)

再読。少々信じがたい話を発見した。この本の初版が昭和54年だから収録されているエッセィはその近辺に書かれたものだと推測した。それは「テレビ」と題するエッセィである。澁澤はテレビに触れたことがないというのだ。だから付け方も知らないという。勿論、家にテレビはある。テレビを付けるのは細君の役目だそうだ。別にどうということもなく、テレビを見る習慣がないということらしい。テレビを見る習慣がない ― なんとも贅沢な習慣である。私は、起きるとすぐテレビのスイッチを入れる悪習がある。じっと見ているわけではないので、情報の垂れ流しに満足しているだけだ。しかし昭和54年である。少数派に違いはない。

澁澤の書斎から発信された宇宙に触れるとき、さまざまな物が彼の世界を飾る。石であれ、昆虫であれ、貝殻であれ、全て玩具の記号に変換されるのだ。電気仕掛けの幻燈機は、澁澤の宇宙で玩具に変換されないだけのことである。それは単に物として存在しているだけなのだ。
私の小学生時代、非実用的な筆入れが大流行だった。鉛筆削り器やら、メジャーやら、秘密の小部屋まで付いているのがあった。マグネットの蓋を開けると、丁度鉛筆が45°位の角度にセットして使うあれである。こういう筆入れは筆入れとして本来持っている機能を逸脱して玩具の意味付けにすりかわるのだ。筆入れはミサイル発射基地で、鉛筆はミサイルに変換される。物が玩具であるには、観念の世界で増幅される必要があるだろう。玩具らしい玩具、ゼンマイ仕掛けの車だって自分が運転しているという感覚がなければ玩具になりえないと思う。大人になるとこういう観念の遊戯が面倒になるのだ。
もう一つ、玩具に必要不可欠の条件がある。以下、澁澤の言葉を引用しよう。
― 同じ玩具でも、ミニチュアールの規模に縮小されると、シンボル価値がぐっと高まるのではないかと思う。それはおそらく、私たちがもっとも容易にデミウルゴスたり得るのは、ほかならぬミクロ状況においてだからだと思う。そもそも模倣玩具というのは、つねに必ず実物よりはいくらか小さいものである。小さいということが、どうやら古今東西通じての、あらゆる玩具の美徳になっているもののごとくである。―(「玩具のための玩具」)
デミウルゴスは世界の創造者という意味でよいと思うが。ある物が玩具たり得るかどうかは、その物の支配者になれるかどうかだと思う。世界の創造者は世界の支配者たる資格を持っているからにほかならない。ゼンマイ仕掛けの車を壊そうが、分解しようが世界の創造者の勝手である。ここに玩ぶという快感があるのだと思う。盆栽などは自然のミニチュア化で、自然を小さな鉢に圧縮することでデミウルゴスの快感を味わっていると言ったら言い過ぎであろうか。
澁澤の玩具考については「玩物草紙」他、以下を参照されるとよいと思う。

「玩物抄」(「記憶の遠近法」・河出文庫)
「玩具のための玩具 ―私の玩具論―」(「太陽王と月の王」・河出文庫)

「玩物草紙」は澁澤の幼児期から小学生頃までの玩具考のエッセイ集である。(そうでないものもある。)「裸体」に始まり「衣裳」に終わる。これと玩具がいかなる関係があるか、もうお分かりかもしれない。澁澤が子供のころ、母親に連れられて銭湯の女湯へ行ったときのエピソード。髪を長くしていた澁澤は女の子と間違われた経験がある。湯ぶねからあがるとき隣のおばさんが ― あらまあ、お嬢ちゃんかと思ったら、チンチンですか…※1―の一言は性器による性の判定をされるシテュエーションに立たされたと言う。またフランスの批評家ロラン・バルトの言葉― 身体のなかで最もエロチックなのは衣服が口をあけている個所ではなかろうか ―を採り上げて信長が愛用したという前の部分に小便用の穴が開いている革袴の例を出している。澁澤は言う。― つまり、これが私の言う裸体と衣裳の弁証法だ。衣裳のおかげで、かえって中身の裸体が強調されるという例だ※2―
男性が生まれて初めて手にする玩具は陽物なのかもしれない。(女性の場合はわからない。)
いじくり玩ぶ快感が玩具の源風景なのではなかろうか。行為を母親に叱られる事よって陽物は、皮肉にも玩具としての象徴性を増幅するのだと思う。実は澁澤はエッセイでこういう事を言っていないのだが、ほのめかしていると考えるのだ。
軽い読み物なので一気呵成に読んで一気呵成に書いた。

※1・「裸体」 ※2・「衣裳」 いずれも「玩物草紙」所収


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この記事へのコメント

2007年03月31日 00:31
放送局にいた最後の2年間はテレビの送出部門、テレビマスター勤務でした。前後左右数十個のモニターと計器の中が職場でした。
泊まり勤務の時は、1つのチャンネルを見続けるのが最大の苦痛でした。筆舌に尽くしがたい苦しみでした。
いま、北朝鮮でもテレビについては、近似する状況だと思います。
チャンネルを選べる幸せ、これは重要なことだと思います。
澁澤さんの、テレビを見ないということは多チャンネルを見るよりも
もっと自由だと思います。
2007年03月31日 22:14
ブラウン管の内側の世界は、私など門外漢には秘密めいていて謎であります。貴重な経験談、ありがとうございます。リモコンのボタンを押せば、すぐ映像が映る。嫌なら別の番組へ…というのは当たり前でないということですね。チャンネルが一つしかないとすれば情報操作も簡単で、北朝鮮はそういう方向ですね。見る自由があるなら見ない自由もあるという見解は慧眼であります。

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