江戸川乱歩著・黒蜥蜴

「黒蜥蜴」・江戸川乱歩著(/春陽堂文庫他)

学研M文庫より三島戯曲「黒蜥蜴」が出たので先に原作「黒蜥蜴」を読んでみた。三島の主な作品は、ほとんど文庫になっているが「黒蜥蜴」のみ長期間放置されているのは不思議であっ画像た。やはり戯曲は売れないという懸念があるからなのか。
乱歩作「黒蜥蜴」は女盗賊、通称黒蜥蜴と明智小五郎の対決である。年齢、履歴不詳の黒蜥蜴は相当の頭脳があり、美形で、行動力もすばらしい。左腕に黒トカゲの彫り物をしているという謎の女である。結局、この女の正体は最後までわからないのである。
宝石商岩瀬庄兵衛の娘早苗の誘拐は「エジプトの星」(三十幾カラット)を奪うためであった。
黒蜥蜴が作った地底美術館に陳列するためにだ。だがまんまと宝石を手中にしてしまうと、美にたいして異常な執念のある黒蜥蜴は早苗を剥製にしようとする。(すでに四人の男女が剥製になっている)― 若い美しい人間を、そのまま剥製にして、生きていればだんだん失われて行ったにちがいないその美しさを、永遠に保っておく―
この異常な感覚はもっと説明が欲しいところだ。剥製製作過程の凄惨であろう場面も書かれていない。このあたりを書き込むとエログロ小説になる虞があるけれど、読者は知りたいところだと思う。探偵小説であるということと、黒蜥蜴対明智の主旋律を維持するためにあっさりと書き流しているのだろう。
だが「黒蜥蜴」の後半には、それとなくエロチックな部分がある。これが作品全体を隠微な深みのあるものにしている。例えば初期の「人間椅子」のトリックをここで使っているのだ。
椅子の中に隠れて、女の体温、肉の柔らかさ、身体の形を体全体で楽しもうとする行為は変態性欲である。ここでは少々、事情が違うのだけれど、短編「人間椅子」を思い出さずにはいられない。現実の犯罪の多くも性的快楽が伴なっているのは不定できないと思う。猟奇的なものほどその度合いは強いのではないだろうか。
乱歩がマルキ・ド・サドやマゾッホ、ジュネ、バタイユに傾倒していたら近代文学で類例のない魔的な作品を書いた可能性がある。
さて、黒トカゲなる女盗賊は明智に淡い恋心を抱くようになる。人間椅子になりすました明智を椅子もろとも海へ放り込んだあと、頬に涙の跡がさめざめと残ったのである。(実は椅子の中の人物は明智でない)
最後のシーンで明智の前で、毒薬を飲んで息絶えるのである。勝ち負けを云うなら明智の勝利である。だが易々と死なせてしまったのは失態である。しかも黒トカゲの最後の望み、額に口づけしてしまうのは情では明智の負けだと思う。
この女盗賊を実際の人間に当てはめてみると難しい。女であって女でない。女装した麗人(言葉としておかしいが…)みたいな人物である。鏡花の作品に出てくる女性が化け物じみているように存在しない架空の性別をもつ女である。そうなると…、やはりあの方しかいないであろう。

「黒蜥蜴」は戦前の私の多くの通俗連載長編の一つで、私の小説では唯一の女賊ものである。美しい女賊と明智小五郎との、おそろしくトリッキイで、アクロバティックな冒険物語だが、この二人、追うものと追われるものの、かたき同士が愛情を感じ合う。三島由紀夫君はその女賊と探偵との恋愛に重点をおいて脚色されたようである。筋はほとんど原作のままに運びながら、会話は三島式警句の連続で、子供らしい私の小説を一変して、パロディというか、バーレスクというか、異様な風味を創り出している。
                                      江戸川乱歩

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