国枝史郎著・神州纐纈城

「神州纐纈城」・国枝史郎著(河出文庫)

三島由紀夫絶賛!
やっと出たかという感じだ。10年以前講談社文芸文庫と同時創刊された大衆文学館の一冊として出たっきり、忘れ去られた作品だ。もっとも「神州纐纈城」が装いを新たに河出文庫から出たのは三島由紀夫のおかげであると思う。早速帯び文には「三島由紀夫氏絶賛!」となっている。その上、解説は三島の評論「小説とは何か」からの抜粋である。私にしても「小説とは何か」を知らなかったら国枝史郎は永久に読むことのない作家であるかもしれない。講談社版は店頭から消えるのが早かった。今回やっと読むことが出来た。画像
「小説とは何か」で― これこそ疑ひやうのない傑作だと思はれた二作品―のもう一つは稲垣足穂の「山本五郎左衛門只今退散仕る」である。三島は泉鏡花の妖美な小説に度々言及しているから、「神州纐纈城」は三島好みの伝奇だと思う。
未完小説の魅力
「神州纐纈城」は未完小説である。未完の小説ですぐ思い出すのは漱石の「明暗」と芥川龍之介の「邪宗門」である。「明暗」では津田とお延がいよいよどうにかなりそうな雲行きで突如中断。「邪宗門」は堀川の若殿と摩利信乃法師が次回対決というところで中断。どれも作者側の都合によるものだが、ヤマ場で中断されたため却って強烈な印象を残している。
例えばチャールズ・ブロンソンとスティーブ・マックインが拳銃を抜いたところでプツンとフイルムが切れるようなもので、両雄の対決は永遠に闇の中に消えて行く。決着を想像したところで、それは想像の域をでない。製作者の胸中にのみあるのである。しかし観る側の脳裏には存在しない映像が映る。ヤマ場で中断された未完小説は不幸中の幸いかもしれない。書かれない部分は読者の想像力によって補われる。そして合理的な推論を創ろうとも、憶測でしかなく作品は謎を残したまま永久に存在するのである。「神州纐纈城」に限って言えば事情は違う。武田家家臣土屋庄三郎が夜桜見物のおり、人血で染めた忌まわしい纐纈布を老人から購うことに端を発した物語は終盤で末広がりになった。信玄謙信をも巻き込む多彩な人物の登場、いったいこの先、物語はいかに収斂していくのかわからない。青木ヶ原樹海のごとく、いよいよ混迷の度合いを増しつつある。全てが霧の中に消えて行く。謎が謎のまま残る所に伝奇小説の真骨頂があるかもしれない。詰まらい結末をつければ全てが台無しになるかもしれない。この小説も未完で終わったことが、返って神秘を高める結果となった。
魔界・青木ケ原
「神州纐纈城」は富士裾野(青木ケ原)、本栖湖、甲府で展開される怪異譚である。場所の選定で得をしている。青木ケ原と言えば遭難の名所で、土を掘り起こせば人骨がザクザクと出るのは説明を必要としないだろう。決して素人が探検する場所ではないのだ。本栖湖は富士五湖の一つで西湖、精進湖と水位が連動しており、地底でつながっているとうわさされる湖である。本栖湖の中に纐纈城があったとしも、三湖の神秘性ゆえ不自然な設定でなくなる。また甲府は信玄治世下で、この人物は何かと神がかった戦国武将である。背景の神秘がこの物語を一層伝奇らしくするのだ。実在した時代、人物にさりげなく怪異譚を紛れこませ、いつしか巨大な物語に成長させたと思う。

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