国枝史郎著・沙漠の古都

「沙漠の古都」・国枝史郎著(講談社文庫)

珍しく大衆小説である。この言い方自体が大衆小説を見下しているようであるが、純文学っていう言い方も嫌味を含んでいる。本来小説に大衆も純もありはしないのだ。時代によっては大衆が純のときもあって、尾崎紅葉はその好例である。大衆小説の中に時代小説というのがあって、これはどうも自分に合わないから読まない。私のブログには大衆小説の作家は少ない。これは読まずに死ねるかの作家が多すぎて手が回らないだけのことである。さて今回は国枝史郎である。この作家は一部に熱狂的なファンがいるが、一般的ではない。まず文庫がない。今新刊書店であるのは河出文庫の「信州纐纈城」だけだと思う。これもいつ絶版になるかわからない。
たまたまブック・オフで講談社文庫版を見つけたので読むことにした。この講談社版の表紙デザインは横尾忠則氏である。今日のはそうでもないけれど、講談社版国枝文庫は、いずれもけれん味のある表紙絵で、眠狂四郎のイメージだ。さすがは横尾忠則だ、むかしは文庫の表紙も手掛けていたのであると思うと時代を感じる。
講談社文庫は全28巻で、まとまった文庫はこれきっりで、あとは出ていない。国枝史郎の文庫がないのと、横尾氏の表紙の美しさと相俟ってか、いわゆる古本屋で買うと一冊千円は普通で、上下冊本だと三千以上と高額である。わたしはこの他にいくつ所有しているが、上があって下がなかったり、その反対のものばかりで、一冊完本は「沙漠の古都」だけである。だから手をつけていない。いったいいつになったら読めるのやら。まさに読むまで死ねるかの状態である。そもそも国枝史郎を知ったのは、三島由紀夫の小エッセイ「小説は何か」で褒めていたのを見たからである。これは、前に「信州纐纈城」のところで触れているから略す。そうでなければ知らずに過ごしたかもしれない。
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この小説を一言で説明するのは難しい。梗概を書いたところで面倒になるばかりだ。登場人物の思惑も方向が違うし、場所と時間移動が激しいのである。分量の割に急流直下で、もうついて行くだけでへとへとになってしまった。本来なら超長編になるのを圧縮したような感じである。発端はマドリッドに獣人が現れて、市民の不安を煽る。獣人は眼の周りに燐光を帯びている。…配達された新聞で探偵のレザールと画家のダンチョンは獣人の推理をしていた。ところへ、市長の妻が訪ねてくる。話を聞いた二人は事件に関与することに…。先輩探偵のラシイヌ、謎の中国人青年張教仁とその恋人・紅玉(エルビー)、他多彩な人物が織りなす怪奇冒険小説である。
後半のボルネオ森林探検はむかしの少年誌にあった冒険譚を思い起こさせる。
キーワードは、ROV(羅布)、湖、埋もれた都会、狛犬である。最後まで読めばこれがどういうつながりになっているかわかる。「沙漠の古都」は著者唯一の現代怪奇物で、日本人は登場しない。前後のつながりが分かりにくいのは先に述べたとおりであるが、構想の大きさは「信州纐纈城」と同じだ。江戸川乱歩や横溝正史と違って末広がりの性質を持っている。好き嫌いの分かれる作家である。


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