夏目漱石著・夢十夜

「夢十夜 他二篇」・夏目漱石著(岩波文庫)

(夢十夜)

久しぶりに漱石である。もう漱石は一年に一冊読めばよいほうで、だんだん興味が薄れてきている。だから今年のノルマは終ったわけである。しかし、私はどうかすると、同じ著者のものを二、三冊続くことがあるので保証のかぎりではない。夢十夜は見た夢を小品にしたものであるが、本当に漱石が見た夢を綴ったものかはわからない。というのも、夢をそのまま綴ったら、本人は理解できても他人はなんのことか、さっぱりわからないと思うからである。幾分かは夢が含まれていよう。夢のように見せかけた作為的のものもあろうと思う。
さてその判別はできないが、わたしは冒頭に「こんな夢を見た」と記してあるのが、夢の部分が多いのではないかと考えている。つまり第一夜、二夜、三夜、五夜の四篇である。この作品集は前半より後半のほうが筋が複雑になってくる。自分の経験を敷衍して言うのもなんであるが、覚えている夢はある一部分だけである。スナップ写真の何枚かが記憶に残っている感じで、前後の脈絡はない。話にするにはスナップ写真から物語を起こさなければならない。そういうわけで単純に書かれているものが夢を綴ったものではないかと思っているのだ。小品とは言え、漱石ほどの人が十回も夢を綴るのは莫迦らしくなると思う。書いているうちに人を騙したい欲も出て来よう。
我田引水になるが、第三夜の重苦しくもあり、不気味な感じは、私の夢と似ている。負ってる背中の子が、だんだんと重くなってくる話である。文中「その小僧が自分の過去、現在、未来を悉く照して、寸分の事実も洩らさない鏡のように光っている」は漱石の心境であろう。漱石は明治四十年、大学教員を辞めて朝日新聞社に入社する。「夢十夜」は四十一年に連載された。手始めに「虞美人草」続いて「坑夫」を連載したものの、売文業の不安はあったと想像できる。また家長として経済の心配もあったはずだ。だんだん背中が重くなってくるのは、将来への不安を象徴している。第六夜の運慶が仁王を刻む話では、ある若い男が「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋っているのを、鑿と槌の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を堀り出すようなものだから決して間違うはずはない」と漱石に話す。いかにも出来すぎた夢である。これは漱石の不安の裏返しで、小説はどこかに出来上がっていて、あとはペンが勝手に仕事をしてくれれば助かるという願望であろう。
私はこんな風に見たけれど、どう解釈してもよいと思っている。夢十夜は心理学や医学の知識で説明した批評もあるが、作品であるから赤裸々な漱石が居るとは限らない。しかし夢は普段は隠れている心の闇が、どうかした弾みで浮き上がって来るものだと思う。
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(文 鳥)

「吾輩は猫である」のイメージから、漱石は動物好きに見えるが、私はあまり好きではなかったように思う。「猫」の第一章には子供の布団にもぐりこんだ猫が、苦沙弥に物さしで尻をひどく叩くシーンがあるし、最終回では甕に落ちて死んでしまう。「文鳥」では、死んだ文鳥を小女に抛り出す。内田百閒ならこういう描写はしないと思う。
千駄木の家に居た猫は、鏡子夫人によれば、たまたま迷い込んだのを飼ったに過ぎないのだ。小学生の時分、十四松の番いを飼った経験があるが、初めのうちこそ珍しいから世話もするが、それが毎日となると面倒になって、餌のやり忘れ、水の入れ替えは怠るで母に叱られたものである。小鳥は金魚と違ってニ、三日放って置くことができない。動物好きの人はこういう世話も楽しみの一つなのだろう。私は動物の飼育は向かないと思った。
早稲田に移った漱石のもとへ、鈴木三重吉がやってきて、鳥を飼えと言う。そこで漱石は飼うことにした。「文鳥」は購入から死までのスケッチである。漱石も世話は好きでないと見える。しかし生き物だから気になる。この辺りの事情は自分の経験でよくわかる。エピローグはいかにも、癇癪持ちの漱石らしい。


(永日小品)

「硝子戸の中」に似たエッセィである。各章は前後に関係なく綴られている。英吉利留学中の思い出と日常の小事件が主で、「夢十夜」に通づる話を数篇含む。


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    Excerpt: 吾輩は猫である (新潮文庫)夏目 漱石 by G-Tools 言わずと知れた夏目漱石の著。 まだ読んだことなかったので。 猫好きとしては一応、ねぇ? 「坊っちゃん」は読みやす.. Weblog: 月のブログ racked: 2012-01-21 12:17