「俺は犬だ」

  俺は犬だ



 ええィー、全く莫迦にしてやがる。頭が痒くなるってものよ。人間てえ奴は余程暇と見えるね。こんな面倒臭えもん、よくもマア発明したものだと、つくづく感心するよ。
 俺達のやり方は簡単其のものさ。手前の考えはストレイトに主張するんだ。世間はそれで十分通るってえものさ。そンで折り合いが付かなきゃ、それはもう喧嘩で片を付ける。正義はいつだって力だよ。力こそが正義なんだよ。それをなんだい、人間てえ奴は……、何、俺様が誰だと? 洒落臭えこと聞くんじゃねえや。この頓痴気め。よおし、教えてやろう、驚いて腰抜かすんじャねえぞ。ワン、ワッ、ワッ、ワッ、ワン、\/、\/、\/、\/、\/、とッ俺様は犬だ。恐れ入ったか。えっ、何んで犬が書きこんでいるかだと。
 よっ、よっ、よっ―、犬が書きこんじゃいけねえ法律はあんのかよう? ワン、ワン、ワン、\/、\/、\/。
 アハッハッ、かう言ちゃお終めえだなァ―。いちいち五月蠅い奴め、何ね、青瓢箪野郎が煙草を買いに行った隙に、何か喰うもんはねえかと上がりこんだてえ訳よ。青瓢箪先生、不用心だからな、窓に鍵をしねえで行きやがった。
 俺様は泥棒じゃねえ、犬の世界じゃ、不用心のほうが悪いと決まってんだ。窓からヒョイと入った。台所で自慢の鼻で探ッて見たが、綺麗サッパリ、何にも有りません。危ねえ橋渡って、詰まんねェ処に来たものさ。と、用はねえ、居間から外へ出ようとしたら、パソコンとやらの灯りが着いてるじゃねえか。しめしめ、先生、忘れて行ったな。何々、石原慎太郎がどうのこうのと、いっぱしの市民面して書いてやがる。ウハッハッハッ―。洒落臭え、政治がどう転ぼうと、青瓢箪には関係ねえよ。長生きするよ。俺が請け合うよ。
 先生、煙草を買いに行ったついでに、本屋で春本の立ち読みして来るに決まってら、まだ帰って来めェ。それじャと言う訳で、青瓢箪もすなる、日記といふものを、犬もしてみむとて、するなりの体で洒落て見ようと思った次第さァ。
 何ィ―、口の悪い奴だと? 口が悪いのは仕方あるめえ、しかし青瓢箪には世話になった、多少の義理もあるさ、これからは旦那と呼ぶことにするよ。マア、こう言った処だが、何を書いてよいものやら分からねえ。学がねえのは悲しいよ。俺様の生い立ちを話しておくかね。
 俺が生まれたのは今から四年前だ。母様は真っ白で美しくて、品のあるお方だったよ。親父は見たことはねえが、あとで話そうよ。大方、母様の散歩のときに手を付けたんだろうよ。俺の兄弟は五匹だぜ。俺以外は白地に黒の斑が入ってなァ、俺様だけが全体に墨を塗りたくったみてえな案配よ。そうさな、生まれて四日も経ったころだなァ、飼い主の男が俺たちの首根っこ掴んで、みかん箱の中に抛り込みやがった。五匹勢揃いしたところでなァ、蓋が閉まって真っ暗闇。母様のクゥーン、クゥーンっていう悲しみの声が聞こえたよ。左右に揺れながら、何処か遠い処に連れて行かれるのは理解したよ。揺れが止まったら、宙に浮いたような感じがして、次に地べたに直撃だ。その衝撃で蓋が開いた。
 俺たちは恐る\/、箱の淵に前足をかけて外を覗いたよ。河原じゃねえか。気が付いたときにゃ、飼い主の野郎は居なかった。日は落ちる、母様はいねえ、腹は減るで情けねえたら有りはしなかった。仕方ねえ、その夜は兄弟で体を寄せ合って凌いださァ。次の日、お天道様が真ん中になったころだ、郵便配達夫が通ってなァ、俺様の首根っこ掴んで、ひょいと摘み上げて草むらに落としたね。残った四匹は箱ごと、自転車の荷台に括りつけられ行ってしまった。何だい、俺様がだけが真っ黒なもんだから除け者にしやがってと思ったさァ。犬には人権なんてものはねえからな諦めるしかねえが、人間てえのは勝手者の集まりだねえ。
 マア、ちょっと聞きねえ、右も左も分からねえ世界に一人ぼっちになった寂しさったら、そりゃあ例えようがねえ。そのうちにも腹はどんどん減って、表と背中の皮がくっ付きそうだ。優しかった母様が思い出されて、自然と涙が出たよ。日が沈むころは、力尽きて泣くのも出来なかった。頭は朦朧としてねェ、こんなに苦しくて、悲しいのなら、此の儘死んでしまえばよいと思ったよ。
 力尽きてもう駄目だと観念して、うとうとしていたときだ、俺様の首根っこを摘まんで持ち上げる奴が居た。箆棒奴、猫じゃねえぞと思ったが、ここは大人しくしてるに越したことはねえと思った。川ン中に抛りこまれでもしたらつまらねえ。俺様は出来るだけ、哀れっぽい声を出したよ。薄眼を開けて見れば、小さい男の子じゃねえか。俺様をしげしげと見ていたが、どうやら気に入ったと見えて、抱いて家に連れられた。
 坊の母親がアルミの器にミルクをたんと盛ってなあ、持て成してくれたさァ。そンときは、飲んでよいものやら見当が付かねえで躊躇してると、坊が器を傾けて口に流し込んでくれた。腹はペコペコだァ、ミルクの旨えことったら例えようもなかったねえ。俺様の行儀の良いのに、母親は感心してなァ、厄介になることに決まったてえ訳よ。俺様は可愛がられたねえ―。
 ところがだ、一年も経つと俺様も体が出来て、飯をたらふく喰うようになった。三度の飯だけじゃ足らねえから、台所から失敬することも度々になった。ちょっと知恵も付いて悪さをするようになった。可愛く無くなって来た訳よ。唐変木奴、いつまでも子犬のままってえことがあるかい!
  ある日の夕方だ、真っ黒な袋を頭にスッポリ被せられ、車に乗せられた。俺様は嫌な予感がしたから車に入らねえでいると、そこの主人が俺様の尻を思い切り蹴飛ばした。俺様は分かったよ、人間てえのは利己主義の塊だってえのがよ。ずいぶん遠くに来たところで、抛りだされた。また河原だ、散歩に来たことはねえし、戻るに戻られねえ。ええィ―、これからは野良で行くことに腹が決まったねェ。
 とかう話せば苦沙弥とこの学者猫みたいだが、マア大抵はそンなもんだろう。学者猫はずいぶんとやったもンだなァ、俺様は敬服してるよ。しかし最後はビール舐めて溺れる何ぞは修行が足ンねえなァ。よーく聞け、御一新になッて、初めて人間に意見をしたのは、俺様の親父方の祖先だ。ホラだと思ンなら内田魯庵の「社会百面相」を見ろッてんだ。俺様の頭のイイのは、親父殿の遺伝子を受け継いでるからだと思うよ。
 何ィ、証拠を見せろだと? お前様方の頭がイイというのは、つまり学があるとかねえとかのことだ。けち臭えよ、そンなもん。いいか、俺様は主人に仕えたのは一年ぽっきりだ、だから飼い犬みてえな小賢しい真似はできねえ。しかし生きるための修行は積んだ。野良公になると、一回\/の失敗が全部修行だ、誰も助けてはくれねえ、責任は自分にあるんだ。同じ失敗を繰り返してる奴は、早晩死んじまうさ。海舟先生も言ってるだろう、世間は生きている。理屈は死んでいるってな。
 生きることにかけちゃ、飼い犬はてんで駄目だ。マア、例えばだ、野良で行くにゃ、やっぱり喧嘩は強くねえと始まらねえ。飯を漁るにしたって、大体のところは縄張りがあるンで、おいそれと手はだせねえ。そうかと言って、飯を食わなきゃ、お陀仏さんだ。
 せっかく生まれて、餓死するのはいかにも愚か者だ。そこで喧嘩が始まる訳だ。俺たちの喧嘩は合理的だね、つまり相手の強さを見極めるのが重要なんだ。てんで敵わないと判断したら引き上げる。反対の場合もある。同じくらいと見たら、ドンパチで決める。人間みてえに相手の強さも考えないで、意地で喧嘩をすることはねえ。俺たちは、無駄な努力して傷つくのは御免だと思っている。人間のドンパチは死ぬまでやるから性質が悪い。喧嘩の作法ってものがねえんだなあ。どうだ、少しは犬を見習え。
 俺が仄聞したところじゃ、日本てえ国は腕力があるのに使えねえって話じゃないか。それじゃ、腕がねえってことと同じだァ。弱いと見たら、敵は縄張りにどんどん入って来るのは犬と同じだ。向こう様が、こっちと同じ理屈を持ってると考えるのは傲慢だ。鯉口をぱちんと切って、喧嘩の構えを見せりゃ十分だ。向こう様も痛ええのは嫌いだろ、逃げて行くよ。箆棒奴。犬の世界じゃ、強さが正義と決まってるんだ。なんだい、メソメソしてるのが正義だなんていうのは。俺様に弟子入りしたら、本物の正義がどんなもんか、仕込んでやるよ。ワン、ワン、ワン、\/、\/、\/。
 人間を見る目も出来たよ、人間が人間を見るより犬のほうが確かなんじゃねえかと思うよ。ここの旦那は人間にしちゃいいほうだ。夕方、庭に忍び入って憐れな声で鳴くとな、肉の二、三切れを抛ってくれるよ。あとは魚屋のお嬢ちゃんかな、俺様の頭をなでて、鯵だの鰯をお食べと言って皿に乗せてくれる。だけど、昔のことがあるからなあ、忠犬八公にはなれんさ。中には横っ腹をうんと蹴飛ばしてくれる親父もいる。マア、だいたいの人間は毛嫌いしてるね。
 この町も今日で一か月になるから、次の町に行かなくちゃなんねえ。そろそろ犬屋がと掴まえに来る頃合いだ。飯を漁りに来たら、とんだ身の上話をすることになったなァ。もう旦那も帰って来るだろうよ。さあ、俺様は行くとするよ。お次は女遍歴を話そうと思ったんだが、時間がねえや。何ィ、それが聞きたいだと? 箆棒奴。マア、止しとくよ。俺様が居たら、旦那は吃驚仰天するだろうからなあ。世話になった挨拶代わりに上げておくよ。おや、もう真っ暗じゃねえか。ゆっくりもしていられないよ。ワン、ワッ、ワッ、ワッ、ワン、\/、\/、\/、\/、\/。


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この記事へのコメント

元向上心
2013年03月06日 01:09
マルジナリアさんこんばんは。久しぶりです。
弟子にはなれないけど質問があります。
俺はいったい誰なんでしょうか?
けものへんの無い猿なのか、犬好きなのか、
暗い部屋の王子なのか、雷なのか、2011/03/03 15:33なのか、
あじさいなのか…。
俺の母親はスパルタなのか…。
新しいニックネームはすでに知っていると思うのであえて書きませんでした。

PS
「電影人間」、「訪問者」はどきついです。やめてもらいたいです。\(^o^)/
マルジナリア
2013年03月07日 18:56
俺は、俺としか言いようのない存在なのです。
闇夜のカラスは見えません。
存在はしているけれども姿は見えないのです。
しかし影がありません。
うしろの正面にいる奴が俺かもしれないのです。

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