「狂 気」






 狂 気


 太陽は地上にあるものを焼き尽くすつもりらしい。空は青絵具を刷いたようで、雲一つない。昨日は大雨であったのが、嘘のようである。湧き上がる湿気に眩暈がする。
 とにかく暑い日である。今日は七月の二〇日である。
 木村君は先月から職安通いをしているが、一向に成果がない。ある菓子問屋の営業所に勤めていたが閉鎖となり、そこの従業員はみな解雇されたのである。木村君に罪はない、会社の経営者が慢心を起こし、事業を拡大した結果、自転車操業になって、ついには金が廻らくなった。本来なら倒産であるが、大手商社が吸収合併に乗り出した。採算の悪い営業所は容赦なく閉鎖となった。木村君は勤勉で、成績も良かったが、相手には通じない、合併された側の従業員はいつ反乱を犯すかわからない不平分子である、この際始末して置くべきと向こうは判断を下した。
 木村君は会社に未練は無かった。今の時代、終身雇用は難しいと決めて就職したのである。そして、それが現実になっただけである。
 それにしても暑い日である。額から知らぬうちに汗がツッ――と流れる。シャツはベトベトを通り越して、ずぶ濡れになった。
 今しがた、雇用保険の手続きをして出てきたのである。建物と道路を挟んで駐車場がある。入り口の脇に油缶で拵えた灰皿がある。煙草に火を付けて一息吐いた。柵に絡まった朝顔は、縮んだ陰茎のような莟を下げていた。
 こんな処に来るものじゃないと思った。職員の目は腐った鰯のようだった。シャツの腕を捲り上げた職員は、老婦人に、「あんたの年じゃ、トイレ掃除がいいところだね」と口を歪めて言っていた。ペンを回しながら、私用の電話を長々として、けらけらと笑っている若い女職員、番号札は三〇人待ちだというのに、誰も注意を促さない。居丈高にふんぞり返って、胸に手を入れ、掻きながら応対する老職員。この間から蛍光灯が一本切れているのに、今日も其の儘だ。親方日の丸を地で行くような連中ばかりなのに呆れた。彼らの狼藉を、いちいち数え上げたらきりがない。
 早くなんとかしなければと気は焦るが、思うように求人がなかった。
 昼の鐘が鳴った。一分も経たないうちに、ポツリ、ポツリと職員が休憩に出て来た。番号札を持っている人は午後に廻されるのだろうか。考えただけでもゾッとした。
 煙草の灰が長くなったので、親指で叩いたとき、駐車場の奥から男が現れた。男は木村君と同年配と見える。こちらにやってきて、ズボンの後ろポケットから革製の煙草入れを出し、一本引き抜いて火を点じた。煙を吐き出すと、
「暑くなりましたねえ」
 と、正面から射す光線に目を細めて言った。
 木村君は軽く挨拶をした。さっきまで隣で検索していた男である。自分のほうが早く出て来たのに、先に外に居るのは不思議であった。男は鍵の束をじゃらつかせ、思案顔である。職安の入り口から五十恰好で猫背の男と胸に手を入れ掻いていた老職員が向かって来る。油缶のところで二人は止まった。
「ちょっとお尋ねしますが、不審人物を見ませんでしたかねえ」
 と、老職員がどちらにという訳でもなく問うた。先程とは違って慇懃な態度である。男は無視して煙を吐いていた。木村君は見なかった旨を答えた。
「そうですか、実は最近ですね、自転車のタイヤに穴を空ける者が出まして、今月に入って五回もやれているんですよ。この人もね、今さっき帰ろうとしたら、やられていたという訳でして。困った人がいるものです」
「とにかく俺の自転車を見てくれ、そっちで直してもらえんかね」
「だから、さっきも言った通りね、こちらでは何もできないんですよ。ほら、ここにも書いてあるでしょう、自己管理で職安は何があっても責任を負わないって。まあ、とにかく自転車を見ましょう。警察に連絡はとってあげますがね」
 (便宜上、木村君の隣に居る男を以下Kとする) 男は「ちぇ」と言って淡を吐き捨てた。二人は自転車置き場に向かった。男の未練がましい声が聞こえる。
 稍あって、一台の白い車が駐車場に入った。背広を着た男が出て来て、こちらを盗み見ると、一直線に職安に向かった。それを見ていたKは、
「ここは、頭のおかしい人が多いんです。あなたもいずれ分ると思いますが、無暗に親しくしないのがよいです。こんなご時勢じゃ、頭がいかれるのも分かりますがね」
  と言って油缶に煙草を落した。
「僕も参りましたよ、もう職安通いも六カ月になりますが、先月の末にね、ここで車をぶつけられまして左の角を壊されました。犯人は、今、車から出て来たでしょう、あれなんですよ。バツが悪いもんだから速足で行きましたね」
「向こうの保険で修理したのでしょう?」
 と問えば、Kは首を横に振って、以下のように語った。
 丁度検索を終えて駐車場に来たが、自分の車の前にT(便宜上、背広の男を以下Tとする)が居る。自分が来るのを待っているような感じだ。果たして近づけば、左の前照灯は破損し、バンパーは凹んでいる。Tがバックで入れるときに、ぶつけたのだなと思った。Tは自分に頭を下げ、壊したのを白状し、通り一遍の詫びを言った。ここまではよろしい。自分はKに保険会社に連絡を入れ、修理代金の保障をしてもらいたいと述べた。Tは勝ち誇ったようにニヤついている。自分はこうしていられないのだからと言えば、Tは警察を呼んで、事故証明を出してからだと主張する。自分は困った。実は車検切れで乗っていたのである。警察を呼べばTに修理代金は請求できよう、しかし車検切れの件で咎められる。躊躇していると、ここはなかったことにしませんかと提案してきた。フロント・グラスを見たのだなと思った。あなたにとっても、そのほうが良いと思いますよと、嫌味なことまで言う。悔しいが、引き下がるよりほかなかったのである。
「まったく不運としか言いようがありません。全額は無理としても、半分くらいは出してよさそうじゃありませんか。車検切れはいけませんが、向こうが壊したのだからね」
「……」
「どうです、軽く昼飯に行きませんか? この通りをまっすぐ行ったところにあるα(アルファ)って喫茶店のランチ、いけますよ。僕は朝一番でパチンコに行って、三万儲けたんですよ」
 木村君は知らない人から御馳走になる理由はないので断った。
「そうですか、では……」
 とKは恬淡に言って去った。
 二本目の煙草の火が途中まで来た。木村君は、しまったと思った。この際、煙草を止めよと思った矢先である。 会社時代の習慣で一日一箱消費する。近頃は時間が有るので、どうかすると日に二箱空けてしまうこともある。そして後悔する。健康によろしくないのは分かっている。しかし、手元に無くなると、つい買ってしまうのだ。なんだか、お金に火を付けて燃やしているような気がする。不経済この上ないと思う。分かっていながら、今日も買ってしまったのだ。自分には克己心が欠落しているのでないかと疑う。
 いや、そうとも限らない、「煙草と悪魔」という小説に、天文十八年、悪魔がフランシス・ザヴィエルに伴いている伊留満の一人に化けて日本へやってきたとある。悪魔は暇なもんで、煙草の種をばら撒いたのが最初らしい。ところが悪魔の消息は様としれないで今日まで来ている。木村君は、自分には悪魔の子孫が宿っているのだと、禁を犯すたびに弁解した。自分に住み着いている悪魔が煙草を欲しがるのだ。だから煙草を涸らして悪魔退治をする必要がある。この一箱は悪魔に最後の晩餐としてくれてやろうと思った。
 こう考えて、去ろうとすると、背後で老職員の声が聞こえた。自分を呼んでいるようだ。
 振り返ると、Tも小走りで向かって来る。
「大丈夫でしたか?」
 と、老職員は言った。何が大丈夫なのか、さっぱり分からないから訳を聞いた。
「さっき言った自転車をパンクさせる犯人が、実はKなんですよ。それとなく見張ってるんですがね、ちょっとした隙にやられちゃった。人が困るのを見て喜ぶ、ある種の病気なんですなあ。困った奴ですよ。あんまり近づかないのがいいですよ。何を考えているか、分りませんからねえ」
 後を継いでTが、
「あいつは、私に恨みを持ってるんです。あなたに言ったでしょう、事故のこと。ぶつけたのは、確かに私なんですがね、収入がないもんだから、保険でやるしかないんです。それで、保険屋に事故証明が要るので、警察を呼ぼうとしたら、待ってくれという訳です。つまり車検切れで、警察が来たら困るというんです。向こうが示談で現金払いでどうだというのですが、私は承服しませんでした。こういうことは筋を通したほうがいいんですよ。後々のためにもね。そうしたら、じゃあ、いいという訳でして。私は弁償しないと言っている訳じゃないんです。向こうの都合なんですよ。あいつは私に恨みを持ってるんですよ。あなた、αに誘われたでしょう。失業者ではないのですよ。新興宗教の勧誘員でね、αは彼らのアジトなんです。行くと周りを囲まれて、口説き落とすそうです」
 と、得意満面で言った。
「ここは、危ない奴が相当混じっています。注意してください」
 老職員はKと同じことを言う。
 木村君にはどうでもよいことであった。もう、職安には来ないことに腹を決めていたのである。
 こんなつまらないことを書いたのには理由がある。Kが背を向けたとき、ズボンのポケットから先端の尖った金属が見えたからである。おそらくアイスピックであろうと思った。こんな物を持ち歩いて職安に来る人はない。そうだとすると今日の犯人は辻褄が合わなくなる。そこでKもTも異常性があるとすれば説明がつく。そうでなくとも、木村君は直感でTの言葉は人工的で、とても信用に足る人物ではないと思った。しかしすべて想像の域を出ない。KもTも関係なくて、別に犯人がいるかもしれないのだ。
 狂人はすぐ見分けがつくからよろしい。怖いのは狂気である。何かの衝撃でパンドラの箱が開いて、心の闇がその人に狂気をもたらすのである。失業と言う人生の空白は、箱を開けるに十分な力を有している。
 木村君の右手は煙草に触った。が、すぐに引っ込めた。そして、もう一度煙草を掴むと、握りつぶして捨てた。悪魔をこれ以上、野放しにする気にはなれなくなったからである。



 

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この記事へのコメント

マタイ24
2013年05月24日 06:36
ファティマ第三の預言とノアの大洪水について
h ttp://ameblo.jp/haru144/

第二次大戦前にヨーロッパでオーロラが見られたように、
アメリカでオーロラが見られました。
ダニエル書を合算し、
未来に起こることを書き記しました。
エルサレムを基準にしています。

2018年 5月14日(月)新世界
2018年 3月30日(金)ノアの大洪水

第三次世界大戦

2014年 9月17日(水) 荒らすべき憎むべきものが
聖なる場所に立って神だと宣言する
            
2014年 9月10日(水)メシア断たれる

世界恐慌

2013年 7月3日(水)メシヤなるひとりの君(天皇陛下)
御国の福音が宣べ伝えられる

2013年 5月15日(水) エルサレムを建て直せという命令が・・・。

天におられるわれらの父とキリスト、
死者復活と永遠のいのちを確信させるものです。

全てあらかじめ記されているものです。
福音を信じる全ての方、
救いを待ち望む全ての方に述べ伝えてください。
通行人
2013年09月22日 00:31
文学が好きな一介の文学青年です。
お読みになっている本に興味を惹かれ、貴方の玩具箱の1つ「狂気」を拝見しました。

以下は感想です。
文章においては日頃の読書の賜物でしょう、矢張りある程度は力があるんだろうなと思いました。
しかし展開がまどろっこしい。煙草伝来の下りなどの教養には感心しますが、ありきたりな展開。逆に退屈。
虚無感に囚われた舞台の描写は、きっと現代の詰まらなさを表現したいんでしょうが、露骨です。とてもメロドラマ的。


すいません。
若輩者ですが、率直な感想でした。
マルジナリア
2013年09月22日 23:52
率直な感想、感謝いたします。面と向かっては言えないことも、言えるのがネットのよいところでしょうか。20%くらいは自分の経験したことで、それにお話を加えてみました。俳句や詩、評論は、素人でも、かなりのレベルの人は大勢いますが、小説になると大人しくなってしまう。何故かと言うと、あまりにも非日常的なストリイを考えばならず、その上芸術性を求められるからだと考えます。手間もかかります。さらにメタファだとか、いろいろとやかましい。そういうのを度外視して、日常を小説に移す実験をしたので、読むほうからは退屈になったと思います。もっとも文章とストリイが貧弱なのは理解しています。鴎外とか内田百閒ですね、全集しか載っていない作品に、日常の瑣事を描いたものが有って、それがたいへんよくできていると思い、自分も真似てみたのです。小説は誰でも書けるの実践です。
通行人
2013年09月24日 23:46
先日は失礼致ししました
謙虚にお応え頂き、ありがたく思います。

私自身、良い小説を書きたくて日々頭を悩ませています。
正解がないものですので、難しい。

とりあえず「良い」と言われる作品を読み漁る毎日です。

貴方の読書履歴を見て敬意を抱きました。
貴方ほど文学を読んでも文学は難しいのか…。
理解がされにくくなりつつあるこの分野に孤独に立ち向かう寂しさに負けそうになって、少し感情的になりました。申し訳ありません。

貴方の才がより花開くことを望んでいます。
失礼致しました。
マルジナリア
2013年09月26日 21:58
ご返信、ありがとうございます。
なるほど、小説を書かれているのですね。今の時代、読者より書き手の方が多いので、険しい道のりです。不毛の時代、何に立ち向かうのか、何を訴えたいのか、芥川賞の小説を読んでもピンときません。話題作りだけで文学はいいのか、と腹も立ちます。鴎外漱石時代の再来は期待できません。逆に自由な立場で書けるアマチュアのチャンスでもあります。小説は俳句みたいな決まりごとはありません。文学の可能性は無限にあると信じています。ただ、見つけるのが難しい。通行人様もくじけず、どこまでも自分を信じてお書きなさってください。ダイヤはどこに落ちているか、わかりません。貴君に幸あれ。

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