「爆 弾」

 


 爆 弾


 次郎は夕日を背に受けて急いだ。いや、その必要はなかったのだが、習慣が彼を急がせたのである。むしろ今日は、亀のようにゆっくりと歩くべきであった。彼が歩いているのは、八王子街道の舗道である。人と逢うことはめったにない寂れた道で、その証拠にアスファルトを破って所々に草が成長している。その逞しさに生きる喜びの共有を感じる余裕さへ、次郎には有った。
 ガードレールはペンキがはげて、鉄の地肌は赤茶けている。片側二車線の国道は猛スピードで車が駆けて行く。運転手はリュックを背負った次郎の姿を認めるだろう。しかし、すぐに視界から消えて記憶に残ることはない。
 六月三十日の五時ごろである。日が落ちるまで間がある。次郎は自分の影を追って、倉庫から二百メートル離れたところにある駐車場に急いだ。三時の休憩に景子に連絡したから迎えに来ているだろう。空には初夏の白雲が列を作って、東に流れていた。汗ばんだ体に風が心地よい。次郎は『やっと終わった』と思った。自分を抑圧する重苦しい何かから解放された気分は、想像力に乏しい彼の頭ではうまく説明できなかったが、宙を歩いているようだった。この感激はやがて冷めてしまうと思うと空しかった。出来るなら小瓶に詰め、ときおり頬ずりをして懐かしさに浸りたいと思った。
 この殺風景な町も今日で永遠にお別れだと思うと名残惜しくなった。国道の両側はY市の開発事業で十年ほど前に出来た工業団地である。物騒な建物と建物の間に、工業団地になる前から居座っている床屋や食料品店、それに安普請の家が点在している。どれも排気ガスで煤けた色をしていた。あるブリキの看板が家屋にしがみついている歯医者は扉が×型に板で封印されている。かつて、ここに歯医者一家が居たことの印ででもあるように、玄関脇に置いてある三個のプランターには草が生い茂っていた。今の次郎には街道を物色する余裕すらあったのである。大型トレーラーが地響きを立てて次郎とすれ違った。生暖かい風が彼の頬を打った。
今日は次郎の二十二歳の誕生日である。しかしそんなことを嬉しがる年ではない。むしろ時間が逆行できるなら、大抵の人が思うようにやり直したかった。自分はもう若くはないという考えが頭を占領していた。

 彼は派遣社員である。十分ほど前に仕事を終えて倉庫会社から出て来たのだ。いや、派遣社員であったというのが正確な言い方である。今日で三か月の派遣契約は無事終了したのである。明日からの仕事は決まっていない。それなのに喜んでいるのは仕事が嫌でたまらなかったからではなかった。すべてが予定調和された結果だからである。
 三年前に東京の私立高校を卒業したが、大学に進学するべきか、就職するべきか迷っているうちに追い出されてしまったのである。次郎の通っていた高校は進学と就職希望者が半々で、成績は上の中位であったから相応の大学に進学できたはずである。だが、大学に憧れや希望はなく、いったい何をするために、これ以上学校に行く必要があるのかと思った。両親は願書を出すよう催促したが、聞き入れなかった。それでは就職が希望かと言えば、そうではなかった。組織の中で齷齪するのは莫迦らしいように思った。人生の浪費だと思った。さしずめ生活に追われていない次郎には甘い考えが支配した。もっと人間らしく生きたい。それはよいとしても、その方法論が見つからぬまま、季節は心太のように彼を高校から押し出してしまったのである。一つには彼の煮え切らない性格も影響していたが。小学生から一事が万事、中くらいで押し通してきた。努力を惜しまない学友は偉いと思ったが、ぬるま湯の心地よさに首まで浸りきった人間は、いつしか自分の置かれた状況を甘んじて受け入れてしまっていた。次郎はその典型であった。しかし座敷牢に閉じこもるほど彼の神経は頑丈にできていなかったし、若い肉体も反発した。没頭できる趣味でもあればよかったが、もちろんそんな都合のよいものはなかった。糸の切れた凧の不安を感じた。風の流れに身をゆだねるなどいうことが、どうしてできようか。彼は大げさに言えば、日本国民の一人であるという事実をのぞいて、地球上のあらゆる桎梏から解放されている状態を望んでいたのではなかったのか。いざ、その状態に近づきつつあると、蛇が鎌首を持ち上げるように、小市民的な考えがムクムクと持ち上がって、神経をかき乱した。世間は次郎に無関心であるのも災いした。学友たちと卒業してしばらくは連絡を取り合っていたが、三か月も経つとめっきり来なくなった。新しい世界での人間関係を作るほうが大事であるのは分かっているが、こうも現金だとは思わなかった。携帯電話は時計の用しかなさなくなり、いつでも仲間外れにされた哀しみを感じた。それは昼寝をしているときに、ふと隙間風の冷たさで目を覚ましたときの、ぼんやりとした不安に似ていた。次郎は孤独に耐える修行ができていなかったのである。もっとも諦念を持つ年齢でもなかったが。
 何かしなければ、肉体も精神も腐ってしまうと思った。だが死を考える詩人の素質は持ち合わせていなかった。そこで次郎は、とにかく、なんでもよいから肉体と精神を集中させて朽ちるのをスットプさせるべきだと考えた。彼にしては上出来な結論である。手っ取り早いのは、どこかに就職して社会との絆を回復することである。進学する気持ちは無かったから、教科書や参考書の類はすべて処分した。母親は、どこでもよいから進学するよう勧めたが聞き入れなかった。
 それから仕事を転々とする日々が始まった。三年間で二十を超す職種を経験したが、どれも次郎を満足させるものはなかった。いつでも自分にはもっと相応しい仕事があるはずだと思った。そうかと言って、何をしたいという希望も無かったのである。いくら世間を知らない次郎でも、魂を奪われるような仕事がそう易々と転がっていないのは知っている。しかし、実際に仕事を始めると空疎な考えで、また頭がいっぱいになった。そうなると、もう続けられない。辞めると今度は孤独が襲って来る。すると、とにかく仕事に縋り付いて自分を慰める。この繰り返しであった。次郎は気づいていないが、こうして精神の衛生を保っていたのである。右の奥歯が痛いときは、自然と左で噛むようになる。しかしどんな川でも大雨が続けば溢れ出るように、痛さも限界に来れば左で噛むのも出来なくなる。奇妙な均衡は必ず終焉を迎えるのである。
 次郎に稲妻が走った。何層にも重なった雲は、ついに限度を超えたのである。気が付けば篠突く雨で、風は塵芥を吹き飛ばした。『革命を起こさなければならない』と思ったのは今年の正月である。十二月三十日まで洋菓子工場で働いていた。次郎は莫迦ではない。むしろ繊細な神経の持ち主で、指先まで鋭敏さが透徹していた。彼の神経は工場で思う存分発揮された。
 クリスマスの時期はベテラン従業員がやるパン・ケーキに生クリームを塗る仕事を、多くのアルバイトの中から選抜されて任された。しかし、その速さと出来栄えは見事で、主任を驚かせた。噂を聞きつけた工場長まで見学に来る始末で、とりあえず契約社員になってみないかと誘われ、自分が他人に認められたことに有頂天になった。さして洋菓子作りは好きではないけれども、やろうと決心した。
 だが、年が明けて四日目に出勤すると、主任は次郎を会議室に呼んで、あの話は無かったことにしてほしい。工場長は会社に打診したのだが、四月入社の新卒だけで社員を賄う方針であると、告げた。この瞬間まで次郎は逆の期待で胸がワクワクしていたのである。主任は胸のつかえが降りたという感じでそそくさと会議室を出て行った。ぽつんと一人残された次郎は、非人情な世間の風を初めて知った。彼の鋭敏なる神経は逆風を処理するに適していなかった。結果、三月を待たずに一月で工場を去った。
 ところが次郎の精神衛生の処置はまことによかった。次は裏切られる前に辞めてやろうと思った。そして今度は何があっても完全に勤め上げて、三年間の総括としたかった。それは大した決意ではないが、何かを成し遂げた経験の無い次郎にとって精神の革命とも言うべき考えである。二つの条件を満たすのに短期の派遣は申し分なかった。
 まだ次郎が高校生のころである。リーマンショックである自動車工場が減産となり、突然大勢の派遣労働者が解雇されたニュースをテレビで見た。出勤した派遣労働たちは工場の門に張ってある「派遣社員各位」の紙を見て呆然として立っていた。インタヴィユーに答えた、ある若い女性は、「どうしてなの? うちの会社がこんな酷いことするなんて信じられない。わたし、明日からどうすればいいのよ」と嘆いていた。それを見ていた次郎は、自分には差し迫った問題ではないけれど、女性に同情した。が、今ではこの感情は否定されている。莫迦な女だと思っている。使い捨てができるから派遣社員を雇うのであって、それを承知で飛び込んだのだから文句を言うことはない。派遣社員はよそ者なのだ。妙な期待をするからいけない。片想いのなれの果てだ。男に捨てられた女はきっとあんな顔をするのだろう。なにがうちの会社だ、茶番だ。
 次郎は洋菓子工場でインタヴィユーの女性と近い感情を持ったのを恥じている。捨てられる前に捨ててやれ、利用される前に利用してやれと思った。
 関東エクスプレス・ロジファクトリー・システムに次郎は派遣された。三月のことである。ここはドラッグ・ストア向けの雑貨を仕分けする倉庫である。仕事は店が注文したリスト表を見て棚から該当の品を探し、必要な個数を、手押し台車に乗せたオリコンと呼ばれるプラスチック製の箱に詰めて行くきわめて単純なもので、大抵の人なら二時間もあれば覚えられる。ただ、スピードと正確さが要求される。この倉庫は三階建てで、上二階が作業場となっている。次郎は二階に放り込まれた。そこでは五十人の授業員がいたが、時間帯や休みの都合で、いつも三十人程度が働いている。直接雇用のパート、学生アルバイトのほか、次郎のような派遣労働者の男女が入り混じっている。年齢も十代から六十代前半までと幅広い。それらは名札の色で所属が分かる仕組みで、社員二人で管理していた。すべての窓がふさがれているので、真昼間から蛍光灯が点いて、まるでブロイラーの小屋のようである。コンクリートの床に台車が滑る音が、そこかしこに聞こえるほかは、すれ違う台車同士でたまにひそひそ話をしているのが聞こえるだけである。一週間も経つと新入りが来る。同時に辞める者がいる。人の出入りが激しい職場である。二か月も経つと、次郎も中堅の労働者で新人に仕事を教えるようになった。そして掟もこっそりと教えた。左右の棚を挟んで主通路があるが、社員の二番手である今野はフォークリフトに荷を積んで行き来をする。これがくせ者で、フォークの上から睨みを利かしているのはよいが、少しでももたついている者がいると、「おい、お前、何やってるんだよ、ぐずぐずするんじゃないよ。スピード・アップしろ」と檄を飛ばすのだ。しかし今野の取り巻きである、三十歳そこそこの小村はもう派遣で二年も来ているという噂であるが、彼と彼の配下がこっそり携帯電話をしようが飲食をしようがお構いなしなのだ。今野は仕事の不満をぶちまけているのに過ぎないのである。監督者の三橋に小言を喰らったときは最悪で、日ごろ気に入らない者を徹底的に苛めるのである。今野の性の悪さが、人が居つかない原因の一つで、職場のガラの悪さに怖れをなして二時間で辞めた者もいる。まあ、次郎の若さと頭の回転は、この程度の仕事は全力を費やさなくても、すぐに中くらいのところに行った。だが、それ以上はやろうとは思わなかった。派遣社員は最高三年までで、お払い箱になるからだ。とにかく目立たないことが重要である。それには平均が最も適している。昼も大抵は一人で摂った。うっかり仲間と打ち解けると、仕事に未練ができてしまうのを懼れたからだ。計画は粛々と遂行されるべきだ。そして精神に、はっきりした形を与えなければならない。

 計画は成功した。駐車場の柵に寄りかかっている景子が見えた。タイトなジンパンに桃色のTシャツは半袖で、細い手首に銀色をした時計の太いバンドが夕日に光っている。携帯電話を見ては、煙草の煙を吐き出す。いかにも退屈しているという感じである。
 景子は次郎より二歳年下で、前の洋菓子工場で知り合った。先に景子がいた課に次郎が配属され、二言、三言交わすうちに逢引をするようになった。が、ファミリー・レストランで食事をするのがせいぜいで、居酒屋に行ったこともないのである。次郎がすれっからしなら、とうに安っぽい不夜城で関係ができていただろう。景子は次郎と同じように親と同居で生活に困っているわけではなかった。行く先が決まらないまま、高校を放りだされたのも同じである。違うのは、目的を持って働いていたことである。景子は人生について悩まない、現実的である。高校を出て、まず車の免許を欲しいと思った。それには金が要る。親にねだれば、簡単に出してくれたであろう。だが、自立心旺盛な彼女は、それでは面白くない。自力で船出するべきだと思った。それならば、働くしかないという考えだ。それで入ったのが洋菓子工場で、三か月で免許は取れた。次は車である。毎月、少しずつ貯めて、ついに百万で中古の車を買ったのが、今年の一月である。洋菓子工場での目的は果たしたので、次郎より一か月遅れて辞めた。今度はアパートに城を構えるため、三月より弁当工場で働いて、今に至っている。かねてから目を付けていた物件が一個空くので、七月に移る予定でいる。

 景子は次郎を見つけると人差し指と中指に煙草を挟んだまま手を振って不良を気取っていた。それを見た瞬間、次郎は関東エクスプレス・ロジファクトリー・システムのことが頭から消えた。あとは七月十五日の給料日を待つだけである。ジンパンの後ろポケットに右手を入れて、ハンケチを取り出した。大げさにハンケチを振って、お返しをしたくなったのである。それほど次郎は浮かれていた。赤と緑の格子縞を広げると、一枚の紙がすべり落ちた。車道に転がりそうになったので急いで拾うと、何のことはない、今朝行きがけに寄ったコンビニエンス・ストアの領収書である。昼食用のおにぎり三個とオレンジ・ジュース一本、それとビニール傘一本が記載されていた。次郎は目を瞠った。次郎は目を瞠った。足元の地面が崩れていくような感覚に襲われた。次に非常な怒りがこみ上げてきた。やらなければならないと思った。景子には待ってもらうしかない。
息を弾ませている次郎に、
「もう、ずいぶん待ったんだから。嫌になっちゃう」
 と、景子は眉間にしわを寄せて開口一番に言った。
「すまないが、車を倉庫の門の前で止めて置いてもらえないか。忘れ物をしたので取りに行く」
「何を忘れたの?」
「傘」
「そんなのいいじゃない、恵んであげれば。さあ、行こうよ」
「そういうわけにいかないんだ。頼むよ、景ちゃん」
 ちょっと間を置いて、
「いいわ。それじゃ、車に乗って行きなさいよ」
「それじゃ駄目なんだ。門の前で待っててくれ。すぐ来る」
 と言って、次郎は倉庫に向かって駆け出した。残された景子は不平顔で一人憮然として立ったまま。ビニール傘の一本や二本、普段の次郎ならどうでもよかった。傘が惜しいというのではない、今度ばかりは完全でなければならなかった。自分で置いてきたのならともかく、忘れてしまったのでは、最後のドミノ版を置く段になって、袖で手前の一枚を引っかけ、すべてが徒労に終わるのと同じなのだ。次郎のドミノ板は幸運にも手前に倒れた。
 倉庫に戻る途中で、二人の女子大学生とすれ違った。次郎より遅れて出てきた派遣社員である。お互いに顔は知っているが、挨拶を交わしたことはなかったから、明日も次郎が来るものと思っている。駆けていく次郎の右を、赤い車がクラクションを鳴らして、通り過ぎた。景子が運転していた。いかにも不機嫌な感じのする音であった。
 次郎の額から一筋の汗が流れた。もう決してくぐることはなかったはずの門である。躊躇したが、あと一枚のドミノ版を立てなければならないと思い、平静を装って入った。受付の警備員は巡回の時間で居ない。階段を上って正面に更衣室がある。ドアの手前に蜂の巣のように区切った傘入れがある。その一番右端に次郎のビニール傘はあった。傘を抜くと、丁度その真後ろの壁にある火災警報器が目に入った。五時に終わる者は帰ってしまって、更衣室に人の気配はなかった。次郎は更衣室を調べるのを拒んだ。もし誰か居たなら、恐くなってできないと思ったからである。いったい何を。彼の考えは漠然としていたが、とにかく火災警報器を押すべきだ、押さなければならないと思った。ドミノ版の最期の一枚は据えられた。が、完成していないことに気が付いたのだ。今度は崩壊させる必要がある。爆弾は爆発させることによって爆弾となるのだ。傘の先で埃の溜まったガラスを突いた。それは簡単に破れて、勢いでスイッチを押しこんだ。
 一呼吸おいて夏の盛りに鳴く蝉の数百倍の勢いで火災報知機は鳴りだした。次郎は階段を駆け下り、外へ飛び出した。門の外で景子の車が待っていた。次郎は飛び乗ると、シートベルトを掛けながら「終わった」と呟いた。
「じゃ、いいのね」
 景子はゆっくりと車を道に滑らした。
「今頃……」
「えっ、何?」
「なんでもない。レッツ・ゴー!」
「レッツ・ゴー!」
 景子はアクセルを強く踏み込んだ。


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