夏の一日 第六回

夏の一日



第六回


 計画は頓挫した。こうなっては仕腹を決めて敵陣に乗り込むしかない。
「催事場で古書即売会をやっているのだ、ちょっと見て行こう」
 私は腕時計を見た。
「なに、会議じゃないのだ。遅れたって構うことはないさ。とんだ掘り出しものがあるかもしれないよ」
 呉は私を総合百貨店に促した。しかし、百貨店の即売会は高いばかりで雑本の寄せ集めであるのを、経験上、知っている。即売会というのは、売れ残りを勢いで捌いてしまう催しなのだ。せっかくだから、見るだけは見てもよいと思って、寄ることにした。入り口で背中に氷を落したような冷たさを感じた。子供の時分、冷房は金持ちしか、持っていなかったから、夏の百貨店とか銀行に入った瞬間のなんとも心地よい感じは贅沢そのものだった。 催事場の上は食堂だ。今でも寿司からラーメン、アイスクリームまで何でも有りの大衆食堂はあるのだろうか。こちらのほうが、古本より興味がある。私はもりそばしか注文しない子供であった。両親はもっと子供らしく、おいしいものを注文するようにいつも勧めた。自分でもなぜ、もりそばだったのか、理由は不明である。白いカチューシャにフリルの付いた前掛けのウエイトレスは百貨店特有のユニホームなのだろう。あの、なんとも言えない安っぽい感じが懐かしい。しかし、あらゆるものがきらきらしていた。
 やっぱり予想した通りであった。しょうゆで煮しめたような古本ばかりである。由紀子でなくても、こう不潔では黴菌がべっとりしているようで、触るのも恐ろしいと思う。私と呉は、別の方向から順に見ることにした。雑踏する狭い通路で、互いに肩や腰、腕が触れ合うのが鬱陶しい。ある老人は、カゴに戦記物をいっぱい放り込んで満足顔であった。ある夫人は料理関係の本をせっせと拾っている。途中で呉と逢った。カゴに五、六冊入っていた。彼は物色しながら、私の手ぶらなのを透き見して、
「獲物はないか」
 と問うた。
「ない」
 と、簡単に答えた。
 呉が会計をしているあいだ、市の出口でやっている古銭のガラスケースを見ていた。百円札が三百円で売られている。由紀子が四、五枚持っていた。スーパーでレジのアルバイトをしていると、たまに交じっていて、替えてもらったそうだ。穴のないのと、穴のある大きな五十円玉も持っていた。今の貨幣に比べると、昔は意匠を凝らしていたものだと思う。私はコレクションが苦手である。少年の通過儀礼である切手蒐集は、人並みにやったが、すぐに飽きてしまった。私は蒐集に必要な長期にわたる忍耐と集中力が欠けているのだ。それにしても百貨店で中年男の群れがバーゲン品を漁る女のように血眼になって、お宝を探している姿は悲しすぎる。人生のたそがれを見るようだ。
 呉がやって来た。手ぶらである。
「一万円以上買うと、無料宅配なので頼んだ」
 と、満足した顔である。ずいぶんと買ったものである。
「それで、いや……」
「なにか」
「なんでもない……」
 どういう種類のものを漁ったのか、聞きたかったが、黴と埃にまみれた本の話は暑苦しさを増すだけなので、止めてしまった。呉はちらっと腕時計を見て、また即売会場に目をやった。まだ、名残があるようである。が、
「さあ、行こう」と言って、歩き出した。
 同窓会会場は総合百貨店の反対側にある大島百貨店を抜けた先だという話だ。案内状は捨ててしまったのだから、呉に従うしかない。今日の手筈を聞いてみた。
「なにね、大丈夫さ。よく考えて来たのだからね。あと少し、あと少しでね、積年の苦しみから解放されると思うと、今から楽しみでしょうがないなあ。今が一番良いときかもしれない。終われば、こんなことか、というのはよくあるからな。浪士の討ち入りもさ、雪の中を行進しているときが華だったかもしれない。緊張と成し遂げたあとの想像が混じってさ」
「それで、僕はどうすればよいのだ」
「僕がね、興奮したとき助っ人になってもらいたい。でもね、感情はこらえて論理的にやるつもりだから、出番はないかもしれない」
 まさか、乱闘になることはないと思うが、呉がどういう人間に成長したのか、知らない私は不安がこみ上げてきた。できるならこんな役は引き受けたくない。なぜ、喫茶店でノーの返事が出来なかったのか。後悔しても始まらないが、自分の弱さが憎らしくなった。
 大島百貨店を越すと、人波が緩くなって楽になった。雑踏の中に居ると、溺れそうで疲れる。
 ふと、由紀子と麻衣は経堂から戻ったのだろうかと頭に浮かんだ。ガスの元栓は閉めて来たと思うが自信がない。あとで小言を言われるかもしれないと思うと、さらに肩の荷が重くなった。空を仰げば、林立するビルディングがこちらに向かってくるような気持ちになる。コンクリートと鉄で出来た非人間的な白アリの巣のそこかしこに明かりが灯り始めた。
 いくつかの信号を越して、曲がったところに沈山亭はあった。自動ドアを抜けて、正面に黒板があって、われわれの同窓会のほかに二つの会合が生硬な文字で記されている。会場は三階である。ゴシック風の手すりと赤い絨緞を敷いた階段を上って行くと、二個のドアが開け放された部屋があった。手前が入り口で、テーブルを前に受付嬢が立っている。なるほど、会費は必ず取ることになっているらしい。八千円を払い、名札とフエルトペンを渡された。今しがたまで、会場の中ではマイクの声がしていたが、大きな拍手に変わった。名簿には偽名を書いておけばよかったかもしれない。これを機会に妙な電話やダイレクトメールが来るのは迷惑千万であるからだ。
「さあ、行くか」
 呉は私を置いて、さっさと入ってしまった。冷たい奴と見えるが、これは彼の流儀なのだろう。却って、面倒がなくていい。私が出向いたのは、正直に答えれば、呉に頼まれたばかりではなく、家に居て由紀子と顔を合わせたくない気持ちも手伝っていた。どうも二人して、良い人を演じている気がしてならないのである。それが、なにか重苦しい空気を作っていると肌で感じるのだ。演じなければ家族はできないものだろうか。かるがもさん一家のように度を越せば虚構になる。なぜ、そういう方向に向かっているかはわからない。わが家はどこにでも転がっている家族の一つで、重大な秘密は持ち合わせていない。ごく自然に一つ屋根の下に三人が住まうている。
 しかし、自然にするには偽善が必要なのだろうか。由紀子はどう感じているのだろう。話したことはないし、これからも話さないつもりである。聞きたくはあるけれど、返って来る言葉に打ちのめされてしまうようで勇気が出ない。ときに、由紀子に非常な憎しみを感じることがある。しかし、すぐに消えてしまって、あとでそのことを思い出すと、自分の狂気に慄かされる。妻を嫌いではない。これは断言できる。が、好きかと問えば、曖昧だ。由紀子は私に憎しみを感じたことが有るのだろうか。どうか、感じたことがあると思いたい。そうでなければ、私は由紀子に嫉妬してしまうであろう。妻に嫉妬するのは、おかしな話であるが。昨日の夢は憎しみの感情に仕返しされたのかもしれない。
 シャンデリア風の灯りで、室内は昼間のようだ。等間隔に置かれた丸テーブルには、すでにいくつかの集団が出来ている。相棒が見つからないで、一人で飲み食いをしているのも大勢いたので安心した。見まわしたが、呉の姿が見えない。どこかの集団にまぎれてしまったのだろうか。部屋の隅に椅子が置いてあるが、まだ誰も腰かけてはいなかった。私は立ってものを喰うのは嫌いであるから、使おうと思ったが、これでは逆に目立ってしまうのでやめた。中華の大皿がテーブルに沿って並べられている。中央に栓を抜いたビール瓶が幾本か花芯のように立っている。から揚げに甘酢のかかったのを取り皿に二、三個取って、手酌でビールをコップに注いだ。このほうが楽でよい。
 しかし呉はどうしたものだろう。そのときになれば向こうから知らせに来るだろうから心配はないが、いつまでも一人でぼんやりしているのは、場違いの会場にいるようで落ち着かない。
  テーブルを一つ置いて向こうは、椅子に腰かけた老人が、こちらに背を向けて、同窓生の群れが、ひときわ大きく囲んでいる。短く刈り込んだ頭はごま塩で、半そでシャツから赤茶けた太い腕が伸びている。シャツを透かして見える体格は筋肉質でしっかりしている。その老人が元教師であるのはわかるが、こちらに横顔を見せるまで誰であるか、さっぱりわからなかった。大きな、塩辛声の笑いと同時に、座りなおしたとき、不意に見せた太く、長い特徴ある眉で、私は体育の某教師、名前は忘れたが、であるのを古い記憶から呼び起こした。あのころ、今の私と同じくらいの年ではなかったかと思われる。自分もすぐに老人と呼ばれるようになってしまうのだろう。窓に映った私の顔には八の字型に深い法令線が刻まれて、夏の残照が憂鬱な陰を落としていた。


                                                                ⑦―⑥

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック