三島由紀夫著・みのもの月・山羊の首・大臣・魔群の通過

「ラディゲの死」・三島由紀夫著(新潮文庫)より

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(みのもの月) 昭和17年11月「文芸文化」に発表、19年10月「花ざかりの森」(七丈書院)に収録。

 三島の短編集は巻頭に10代作品を据えるのが恒例であるが、これは第一集に「花ざかりの森」を持ってきたためであろう。ついこのあいだ、「中世」を見たが、あまりにも人工的で嫌になって、なにも書かなかった。三島の作品は、晩年に書いたいくつかを除き、すべて人工楽園であるが、ことに10代小説は、その傾向が強く、たとえば恋を知らないで空想で恋を描く、こまちゃくれた感じが好きになれない。しかし小説、そのものは立派な出来である。
「みのもの月」は人工が良いほうに作用した短編であると思う。巻頭に往生要集から〈煩悩うちにもよほし…… あたかも水中の月の 波にしたがひてうごきやすく〉を置くのからして、事大主義で嫌な感じである。それは見逃すとして、手紙文形式で、ある平安貴族の男と女の恋の駆け引きを見事に表している。登場人物の名は明かされていない。女は男が来ないので、嘆きの手紙を出すが、男は内裏が忙しいとかわす。
が、ついでに東の受領をしている人の女のところに通っているのを告白する。ところが、女は男の友人である少将が足繁く通っているのを匂わす手紙を送りつける。男は少将に二通、手紙を送る。一通は、身を削るような恋、ひたすら渇した水を切望するような激しい恋に疲れているのを告白する。二通目は少将が本当に女を恋しているのか、危ぶむ。男は女のもとに出向いて、少将を恋しているか、と問う。女は慕っていると答えた。
しばらくして男は剃髪して、ひと月に満たないうちに死んでしまった。それから夏萩(二人の子供)も床につき、少将も訪れるのは稀になってしまった。
女の感情は男の感情と等間隔に動く、まさに〈あたかも水中の月の 波にしたがひてうごきやすく〉、そのものであった。男は本心で女を飽きているわけではなく、ちょっと女を試してみたような節がある。自分で仕掛けた罠に、自分がハマってしまった哀れさがある。本作については東文彦宛て書簡に、川路柳虹にほめられたと記載がある。(昭和17年11月15日付)


(山羊の首) 昭和23年11月「別冊文藝春秋」に発表、24年8月「魔群の通過」(河出書房)に収録。

 戦後、主人公・辰三はダンスの教師をしている。戦争末期のことである、横須賀近郊の草深い要塞地区に、砲台の警備兵として駆り出された。空襲の合間は寝て暮らせるほどであった。五月のある日、高草の中で、田舎娘と逢引をした。そのとき、娘は草むらに、切断された山羊の首を見つけた。
〈年老いた山羊の首は清浄で威厳に満ち、深い眼の色で辰三と田舎娘の寝姿を見詰めていた。それはそしるような眼差ではなかった。審く者の眼色に近いかもしれなかった。しかし審く者の眼差にしては、その目が湛えている暗さは濃すぎるように思われた。〉
それ以来、女と逢瀬のすべてが終了すると、決まって山羊の首が現れた。ダンスの生徒である香村夫人は美しい女で、辰三は、〈この女を仕止めなかったらまた戦争でも何でも起こるがいい〉とさえ思った。この夫人とだけは山羊の首なしに愛し終わらせたいと願った。
辰三はA市の湾を見わたすホテルに夫人を連れ出すことに成功した。辰三は山羊の首のことを話した。夫人は消してあげるといい、翌日は山羊の首なしに迎えることができた。
辰三は女たらしである。女をものにした後では、もうその女への興味は失せてしまって、残るのは無力感だけであった。その象徴として山羊の首が現れる。香村夫人とは限りない生の高揚を望んだのである。あるいは、死が有ることによって、逆説的に生の存在証明がなされた結果、絶対的境地へ到達できないことへの、諦めの象徴としての幻影である。夫人の残り香に、山羊の匂いが混じっているのは、この逢瀬も失敗に終わったのを暗示している。


(大臣) 昭和24年1月「新潮」に発表、24年8月「魔群の通過」(河出書房)に収録。

 〈これは私の経験ですが、大蔵省に勤務してゐたころに、大臣の演説の草稿を書かされてたいへん難儀をしたことがあります。私はごく文学的な講演の原稿を書いたのでありますが、それははなはなだしく大臣の威信を傷つけるものでありました。課長は私の文章を下手だと言い、私の上役の事務官が根本的にそれ改訂しました。その結果できた文章は、私が感心するほど名文でありました。〉
以上は「文章読本」第一章からの抜粋である。「大臣」は、この経験を応用した小説であろうと思われる。
新任の財務大臣・国木田兵衛は、前大臣の鷹揚につけこんでしたい放題した官僚への面当てと自祝の気持ちから、就任演説の原稿を自分で書くことにした。それには、今までの女の名をさりげなく放り込み、彼らが知らないうちに揶揄されているのを気が付かないようにした。例えば、新橋の名妓・秀勇の場合は〈本省の伝統たる秀抜な頭脳と勇敢な実力を以て……〉という具合に。
翌朝、甥の松方秘書官を通して、大臣官房の人間に清書させるよう命じた。官房長室に文書が回って、皆で大臣のレベルの低さを揶揄した。予算局長は秘書課長に文書の手直しを命じた。
清書の原稿を下読みした国木田は女が、すべて消えてしまっているのに気が付いた。就任演説で彼は、〈その気のない読み上げ方それ自体〉で原稿を読み上げ、復讐の暗示をした。
三階の窓から、この光景を眺めていたタイピスト二人は、新大臣を知らなかった。鉄筆でガリ版を書いていた老事務官は〈誰だっけな、今度の大臣は〉と呟いた。就任早々から官僚の手のひらの上で転がされている大臣を象徴した好短編である。タイピスト二人と老事務官の驚くべき無関心ぶりは、大臣がいてもいなくても、人が変わっても、財務省はびくともしないことを暗示している。


(魔群の通過) 昭和24年2月「別冊文藝春秋」に発表、24年8月「魔群の通過」(河出書房)に収録。

 実際の長さよりも長く感じる短編。戦後の一時期に流行ったデカダンスを揶揄した作品である。主人公・伊原慶雄は、ふとしたことから年長の友・蕗屋護が主宰するサロンに行くことになった。それは、ブルー・フィルムの鑑賞会で、伊原のほか、客人は何かのことで追放処分となった辻で今はエロティクな著作をしているらしい、垣見夫人は中風で寝たきりの夫を放りだして恋に励んでいる、曾我は小説家志望であったが自堕落な生活を送っている、それに肺病をひそかに自慢している後藤伊久子はソプラノ歌手で、護の娘・恒子の友達である、恒子は蕗屋家の家事をしているが、年齢よりも老け込んでいる。伊久子と恒子以外は中年である。伊原は最近、友達と観光会社をはじめた。伊原だけが戦後、堕落から免れた。これらの人間が、伊原にエピソードを残して去って行く。
この小説を書いた一つの動機に、前年入水自殺した太宰治があるように感じられる。三島の太宰嫌いは、今さら言うまでもないが、曾我に太宰の片鱗がある。彼は丸ビルから飛び降りた作家・萩野五郎の真似をして、動機なき自殺を伊原に予告し、伊原の観光会社のあるビルから飛び降り自殺を遂げる。しかも死に花を飾るため、恒子を使って聖体拝受の儀式を行った。曾我は自らの死を理由なしと説明するが、実は謎めいているからこそ理由があるのであって、萩野五郎に追随する文学的な死を目論んでいると考えられる。予告の案内状を出すのは、死の願望の対極に猛烈な生への執着があるからである。誰かに助けてもらいたい、すがりつきたい気持ちからである。伊原は自分を脅かす無秩序な暴力に怒りを感じて、放っておいた。伊原は曾我が飛び降りたとき、〈莫迦な奴だ〉と言い、さらに〈エレベーターで降りたって大して時間はちがわないのに〉と加えた。
〈― 嘆かわしい人たちだった ! あらゆる滋養分をうけつけない瀕しの病人の胃のように、彼らの魂は何らかの有効なもの・有意義なもの・高いもの・美しいものをうけつけられない状態にあり、強いての摂取は死をもたらすのだった。しょうことなしに彼らはヴィタミンを軽蔑していた。事実それは彼らに毒なのであったから。今では彼らを衰亡にみちびく類の元素だけが、辛うじて彼らの胃に受け入れられた。モルヒネ中毒患者がモルヒネ以外の何ものをもねがわないように。〉
伊原のサロンでの感想で、目的化した自虐へのイロニーである。病人が病人で無くなると、生きがいを失ってしまう人がいるが、抑圧され、虐げられることこそが正義だと感じている戦後民主主義のいじけた思考をエピローグで一蹴するのは痛快である。


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