澁澤龍彦著・異端の肖像

「異端の肖像」・澁澤龍彦著(河出文庫)

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 7人の異端者列伝。扱う人物に興味がなく、人物の知名度も異端で、やや拍子抜けであった。あえて言えば、ルドヴィヒ2世だけで、鷗外の「うたかたの記」に出てくる狂王の生涯である。この人は王になる素質がなかったゆえの悲劇であろう。現実逃避の結果、狂気の中に安住の地を求めたのではないだろうか。澁澤はルドヴィヒ2世を幼児性格者だと言っているが、だいたい異端者には、その傾向があるように思う。
幼児虐殺者のジル・ド・レエ候の章で、〈もし、子供がジルと同じだけの権力と財産をもっていたら、やはりジルと同じだけの怪物性を発揮したであろう。すべての子供が、小さなジル・ド・レエなのである。わたしたちが怪物と呼ぶのは、しかし大人の目、理性の目をもってしているからであって、子供の世界には、怪物性などというものはありえない。蝶の羽をむしる子供や、兎の肉を引き裂く虎は、怪物ではない。同時にまた、文明の約束を知らず、女や子供を凌辱することに生き甲斐を味わっていた古代ゲルマンの戦士は、やはり怪物ではないだろう。〉と述べている。これをみて、私は、はっ!とした。
実は小学校に上がる前で、おそらく4歳か、そこらではなかったかと思う。そのころは、夏になると家の塀に、角が生え、緑地に毒々しい斑点模様や全身が真っ黒な芋虫が這っていて、素手で捕まえては踏み潰したものである。シューと体液が飛び出した。そのときの心境はまったく不明であるが、残酷などとは思っていなかったであろうと想像するのだ。もし、そういう感情があれば、踏み潰したりはしない。玩具の一つとして見ていたのではないかと思う。今では芋虫は大の苦手で逃げ出してしまうのであるが、よくもまあ、素手で触れたものだと我ながら感心するばかりである。蝶やバッタの羽もむしった覚えがあるから、ずいぶんと酷いことをしたものである。カブトムシは虫の中では好きなほうだが、ひっくり返すと6本の肢がムズムズ動くのが、気色が悪くて、飼育はとても考えらない。
成長すると、虫を苛めるのが残酷だと言う社会認識に影響されて、自分もそれに習って恐ろしく感じてしまうのであろう。ところが、子供のままの認識で成長した大人で、かつ権力と財力を持っていると狂気そのものである。なにをするかわからない。すべての狂人が子供の怪物性を温存した大人というのは無理があるが、一つの有力な論拠になろう。


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