山本有三著・波

「波」・山本有三著(岩波文庫)

画像













 昭和3年7月より11月まで東京、大阪朝日新聞連載。単行本、初版は昭和4年2月、朝日新聞社刊。〈妻〉、〈子〉、〈父〉からなる三部作。会話文多く、通俗的風味を添えた作品。教養主義、理想主義の臭みもあるが、主人公に襲いかかる人生の危機(波)を乗り越える姿勢に共感できる部分も多い。一方で理知や克己心で自我を抑制する主人公の在り方に、現実離れしたものも感じる。全体としては、家庭小説らしく安心して読める作品。
主人公・見並行介は小学校の教員である。ある日、牛肉を買って帰ったら妻がいない。そのうち帰ってくるだろうと、友人・園田と牛鍋を突っついていたが、一向に帰って来ない。園田が帰って、着替えをすると、足袋の中に妻・きぬ子の置手紙があって、家を出てしまったことがわかった。きぬ子は行介の教え子であった。きぬ子の家は貧乏で、大阪の芸者屋に売られたところを、行介がヒューマニズムを発揮して救ったのがきっかけで、他の生徒より近しくなり、結婚する。しかし間違いを起こしたゆえの処置であった。彼は恋愛結婚を望んでいたのである。
きぬ子は○○医専の学生・瀬沼涼太郎と家出をしたことが瀬沼の手紙によって知れた。後日、二人の代理人なる大垣準蔵が行介の家にやってきて伊香保にいるのがわかった。行介は準蔵の家(高崎)で二人に逢い、きぬ子を連れ戻す。ここまでが〈妻〉の章である。きぬ子は男の子を生んで死ぬ。
行介は子・(駿)が自分の子か瀬沼の子であるか悩むが、結論が出ない。園田の紹介で船橋の野々宮家に駿を里子に出す。野々宮昂子は最近、赤ちゃんを亡くしたばかりで、妹の襲子(つぎこ)と暮らしている。男はいない。二十二三の、きぬ子より年上であるが、きぬ子によく似た婦人であったが、駿はなついた。
園田から子をやらないかと話が出るが断る。行介はトムセン氏病の疑いが有り、駿にも遺伝していないかと心配だったからである。これは欺瞞で、駿が自分の子であるかもしれないという希望もあったからである。駿がいなくなっても行介は自分の子であるか、違うのか、相変わらず悩む日々であった。
〈自分の教へてゐる子供は、どれも一やうに行介には可愛かった。(中略) けれども、どういふものか彼は駿にはほとんど愛を感じなかった。(中略) ― 六年経つと散々になってしまつて、もう生涯二度と逢ふことがあるかどうか分らない子供たちでも愛することが出来るのに、自分の子供が愛せないといふことはない。もうやることも、どうすることも出来ない、どんな事をしても、彼が一生世話をしてやらなくつてはならない子供でありながら、いや、さういふ子供だと思ふせゐか、彼には却て駿に対して愛が湧かなかつた。それどころか、ときどき病気なんかすることがあると、いつそ死んでくれたらと思ふことさへしばしばあつた。〉
以上は、行介の内心の情をよく表している部分である。他人の子は割り切って愛せるが、自分の子となると、それが本当に自分の子であるか、疑わしいとなれば、愛は憎悪に裏返るのだ。親子と云う割り切ることのできないものの宿命である。ある月、行介は船橋に里扶持を持って行ったとき、ふと、駿を東京に連れて行ってみようという気になった。動物園での父子の哀れさは秀逸で、母親のいない家庭の寂しさを描いている。
翌日、駿は疫痢に罹る。行介、昂子、襲子の介抱の甲斐あって、病状は良くなった。ある晩、行介は昂子に駿の秘密を漏らす。昂子にも誰の子かわからない赤ん坊がいたが死んでしまって、駿にあげる乳があったのである。ところが、今度は行介が疫痢に感染するが、病後の療養に九十九里浜に行く。ここで、思いがけず、襲子に逢う。彼女は、ある若奥さんに水泳を教えに来ていたのである。行介と襲子は霞ケ浦に遊びに行った。思わぬ大雨に遭い、大船津のある宿に泊まることになった。二人は「行人」(漱石)にあるような一夜を過ごした。このことがあってから行介は襲子から離れられなくなった。銀座や郊外でたびたび逢った。このことは昂子は知らない。が、昂子から襲子には男があるらしいと相談される。
〈自分のことはまだ昂子に知られてゐないらしいので、行介はほつとした。しかし襲子に外に愛人があるといふ話は彼の心を苛立せた。〉
ある日、行介は宮城のほうに歩いてゆくと、偶然に襲子に逢った。結婚の申し出をするが断られる。襲子の相手は妻子のある男だったが、束縛されるのが嫌で結婚を拒んだ。
恋愛と結婚の別を唱えるのは、いかにもモダニズムの影響で、行介の恋愛と結婚を一直線に結びつける考えと反駁する。しかし冷静になって、経済のことを考えれば、恋愛だとか結婚どころではないので行介は襲子と別れることにした。
最終章〈父〉は駿が小学校に上がってから中学生までの話になる。駿は普通の子より賢く、ませた子に成長した。が、悪いほうへも進みそうになり、その度に行介は正しい道を行くよう諭す。子育ての章である。行介には、己の子か否かの問題が依然としてあったが、己の子と云う執着から離れることによって乗り越える。
〈王位継承とか、御家騒動とかいふ古めかしいことは措いて、小学校の運動会とか、中学の入学試験のやうなことにでも、真先に親の頭に来るのは「己の子が」といふ考へだ。この「己の子」といふ思想から、つひに有用以上の所有がはじまつたのだ。しかし「己の子」といつても、子には何の罪もないのだ。いけないのは、いつも「己の」といふ所有代名詞だ。これさへ取れたら、世界の苦悩は一時に消滅するだろう。〉
行介は人類愛と云うことで解決するが、現実には難しい。むしろ駿の小児麻痺(軽いので快癒に向かう)や、その他の瑣事をいちいち解決するうちに父性愛に目覚めたとしたほうが自然である。理性で血の問題を解決するのは理想化された現実である。


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック