森鴎外著・舞姫

「舞姫・うたかたの記」・森鷗外著(岩波文庫)より

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 明治23年1月3日、「国民之友」第六巻第69号新年付録として掲載。セイゴンの港とでドイツ留学での痛恨事を書き起こす趣向。
〈石炭をば早や積み果てつ。中等室の卓のほとりはいと静かにて、熾熱燈の光の晴れがましきも徒なり。〉 いきなり沈痛なトーンで始まり、主人公の内面の告白が切々とベルリンの風景を交え、語られる。
制作順では先になる、「うたかたの記」では、主人公は物語に深入りせず、案内役であったが、本作での主人公は物語に直接かかわっている。
太田豊太郎は鷗外の化身であるが、物語は現実そののままを書いたものではなく、脚色されている。秀才の名を欲しいままにした豊太郎は、一課の事務を調べるよう官命を受ける。大学では法律を修めた。(言うまでもないが、鷗外は医学である )豊太郎は外物に心を奪われないように、職務に忠実たらんと決めるが、じっさいその通りにしたが、実は本意からではなく、亡き父の遺言を守り、母の教えに従い、人が神童などと褒めるのがうれしく、また官長がよい働きを得たと励まされるのがうれしく、それは所動的、器械的の人間であることがやがて分かる。ときに二十五歳、ドイツに来てから三年めのことである。
大学の自由の風に当たって、自我が目覚めたのである。官員が果たして自分の天職であるのか、疑いがわく。結果、学問は疎かになる。しかし外物に心を奪われないように誓ったのも、本音は外物に触れる勇気がなかったからである。

 或る夕暮れ、古寺の前でエリスに逢う。自分でも気づかぬうちに一目ぼれしてしまった。彼女は踊子を生業とし、母と赤貧洗うがごとくの生活をしている。急場しのぎに二、三マルクと時計を与えたのがきっかけで、二人は急速に親しくなる。
が、いよいよ学問は疎かになり、ドイツ女と交際していることが官長に知れ、免官となる。このとき助けてくれたのが、相沢謙吉という同行の一人で、天方伯の秘書官をしている男であった。母の死が届く。
あとは端折って、エリスの妊娠、天方伯の要請により帰国を決断、エリスの狂乱と続く。豊太郎の人物描写は、たいへんな秀才ではあるが、優柔不断、内向的で、自分の身一つの行く先も決定できない。ドイツに残りたい気持ちもあったが、相沢を裏切りたくはないという気持ちが勝って、(その実、荒波を超える勇気がなかったのが本心であろう) 帰国する。比べ、エリスは情熱的である。豊太郎は立身出世か、恋かの問題で葛藤するが、相沢の選択に人生を任すのは、所動的、器械的の人間から一歩も踏み出せていない。損得の考えも働いていただろう。彼はドイツに残っても、同じように後悔の念にとらわれる性格である。選択をしない選択を選ぶ、極端を厭い、すべて流れるままに任せるのは、非人情ではあるが安全策で、偽らざる人間の感情でもある。牧歌的物語に終わらず、人間の卑しき実相に迫った点は、評価に価する。


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