夏目漱石著・三四郎

「三四郎」・夏目漱石著(岩波文庫)

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 明治41年9月1日より同年12月29日まで東西の朝日新聞に掲載。単行本は42年5月、春陽堂より上梓。小品は別として、朝日新聞入社後の長編では「虞美人草」、「坑夫」に続く三作目。「三四郎」を最後として、漱石のアマチュア作家の良い面が消えて行くように思う。小説全体に暗いトーンがなく、文章に「吾輩は猫である」、「坊っちゃん」の軽快さと衒学趣味が残っている。漱石は鷗外のようにアマチュア作家であるべきだった。職業作家になって、初期に見られた小説の多様性を捨てたのは残念なことである。
小説は主人公・小川三四郎が熊本の高等学校を卒業して、東京帝国大学に入学するために、今まさに汽車で上京しつつあるシーンから始まる。汽車の中で会った女と名古屋で降りることになったが、宿を案内してくれとせがむ。三四郎は知らない女なので躊躇したが、断る勇気もなかったので同じ宿の同じ部屋に泊まることなった。翌日、ステーションで女は別れるとき、三四郎に〈あなたはよっぽど度胸のないかたですね〉と言った。三四郎は〈プラットフォームの上へはじき出されたような心持ちがした。車の中へはいったら両方の耳がいっそうほてりだした。〉
女の言葉が何を意味しているか、改めて書くのは野暮というもので、第一に汽車でたまたま同席した男と同じ宿に泊まるということから推察される通りである。因みに「青年」(森鷗外著)の小泉純一は坂井夫人の誘惑に応じている。三四郎の脳髄に女の言葉は突き刺さった。
三四郎は潔癖なのではない、ただ行くところまで行った結果が恐いのであった。この三四郎の性格が、そのまま小説を構成している。主人公は三四郎であるけれども、里美美禰子のことで内面の情にゆらぎはあるものの、上京後の三四郎自身はいつでも傍観者に過ぎず、それよりも美禰子や野々宮よし子に、小説には書かれていないが、劇的変化がある。三四郎は母からの手紙にも〈お前は子供の時から度胸がなくっていけない〉と書かれるぐらいである。
三四郎は女を忘れるために別の世界を思い起こした。〈これから東京に行く。大学にはいる。有名な学者に接触する。趣味品性のそなわった学生と交際する。図書館で研究をする。著作をやる。世間で喝采する。母がうれしがる。〉何々になるというはっきりした目標はないが、バラ色の学生生活を思い描いて、実際、小説では東京遊学とでも言ったらよい生活が待っていた。彼ぐらい幸福な学生生活を送れたものは、当時でも稀であったろう。それも三四郎の度胸のないことによる成功である。
三四郎の出番は、美禰子との恋愛であるが、彼の思慮深い性格が災いしてチャンスをものに出来ないうちに、美禰子は突然、兄の友人と縁談を決めてしまう。美禰子は三四郎に恋していると、漱石は明確に書いた部分はないが、金を貸す場面から想像して、まず間違いはないだろう。美禰子は教養の高い女であるが、男勝りではなく、引くべきところは引く女のたしなみも供えている。女といえば、母と三輪田のお光さんしかしらない三四郎にとって、美禰子はいかにもモダンで、東京の女である。三四郎が心を惹かれたのは当然の成り行きである。三四郎は野々宮宗八をライヴァル視するが、美禰子は恋というより野々宮の学問に尊敬の念を持っていたように感じる。野々宮の美禰子に対する感情は不明であるが、何かきっかけがあれば縁談に向かった可能性は高い。
ストレイトに考えれば以上のようになるが、別の見方もできる。第五章で三四郎、野々宮、広田、美禰子、よし子で団子坂の菊人形を見物しに行って、三四郎と美禰子が集団から離れたシーンの会話を引用してみる。

〈「広田先生や野々宮さんはさぞあとで僕らを捜したでしょう」と始めて気がついたように言った。美禰子はむしろ冷ややかである。
「なに大丈夫よ。大きな迷子ですもの」
「迷子だから捜したでしょう」と三四郎はやはり前説を主張した。すると美禰子は、なお冷ややかな調子で、
「責任をのがれたがる人だから、ちょうどいいでしょう」
「だれが ? 広田先生がですか」
美禰子は答えなかった。
「野々宮さんがですか」
美禰子はやっぱり答えなかった。
「もう気分はよくなりましたか。よくなったら、そろそろ帰りましょうか」
美禰子は三四郎を見た。三四郎は上げかけた腰をまた草の上におろした。その時三四郎はこの女にはとてもかなわないような気がどこかでした。同時に自分の腹を見抜かれたという自覚に伴う一種の屈辱をかすかに感じた。
「迷子」
女は三四郎を見たままでこの一言を繰り返した。三四郎は答えなかった。
「迷子の英訳を知っていらしって」
三四郎は知るとも、知らぬとも言い得ぬほどに、この問いを予期していなかった。
「教えてあげましょうか」
「ええ」
「迷える子―わかって ?」〉

「責任をのがれたがる人だから、ちょうどいいでしょう」…むしろ「責任をのがれたがる人たちだから、ちょうどいいでしょう」ならば知識人への批判ですっきりしているが、ここでは野々宮を指すとしか考えられない。広田と美禰子は小説から近しいという感じは受けない。そもそも三四郎と美禰子が集団から離れたのは、美禰子の気分が悪くなったからである。うがった読み方をすれば、美禰子は妊娠の兆候が表れた可能性が高い。相手はもちろん野々宮である。野々宮と広田は研究一筋の人であるが、三四郎の二人を比べた感想で、〈野々宮さんも広田先生と同じく世外の趣はあるが、世外の功名心のために、流俗の嗜欲を遠ざけているかのように思われる。〉とあるのは、実は立身出世を目論んでいるから、自然とそのように映るのである。
ストレイ シープ(迷える子)は美禰子自身のことで、何らかのことで野々宮との関係が破たんし、しかも妊娠している自分の身の処し方に迷っている状態を意味している。二人とも教養人であるから、表向きには何もなかったようにふるまっている。そうすると、急な美禰子の縁談の説明が付く。相手は美禰子の兄・里美恭助の友人であるから、美禰子が妊娠しているのを聞かされて、それを承知の上でもらった可能性が高い。また、はっきり妊娠が外目に解る前に結婚するのが望ましいのは言うまでもないことである。美禰子の相手も訳ありの人物であろう。美禰子にとってはストレイ シープに終止符を打ったことになる。
第12章結末で美禰子が三四郎に「われはわが愆(とが)を知る。わが罪は常にわが前にあり」と語るのは、まさに縁談が晴れがましいものでないことを意味している。小説は一人称小説ではないが、三四郎の視点から世界を観ているので、人間を善的に捉えている。さらに三四郎には人間の内なる情を見抜く訓練が足りない。進んで探検しようと考える性格でもない。まだ人生の表側しか見ていないので、その裏面で起こっている事象はわからなのであり、それがそのまま小説の謎になっているのだが、以上のような仕掛けを漱石がしたとしても不思議ではない。この場合、美禰子の三四郎に対する感情は男女のものというより、弟に対する感情に近いものがある。

「(前略) 近ごろの青年はわれわれ時代の青年と違って自我の意識が強すぎていけない。われわれの書生をしているころには、する事なす事一として他(ひと)を離れた事はなかった。すべてが、君とか、親とか、国とか、社会とか、みんな他本位であった。それを一口にいうと教育を受けるものがことごとく偽善家であった。その偽善が社会の変化で、とうとう張り通せなくなった結果、漸々自己本位を思想行為の上に輸入すると、今度は我意識が非常に発展し過ぎてしまった。昔の偽善家に対して、今は露悪家ばかりの状態にある。―君、露悪家という言葉を聞いた事がありますか」とは広田が三四郎に語る処であるが、一言で言えば、学問をするのに君とか、親とか、国とか、社会とかのためにする大義が無くなって、自分の立身出世のため、つまり自己本位になったということである。この傾向はますます発展して、オリンピックでは国籍を変えてメダルを狙う者が出るようになった。
さて、野々宮と美禰子に話を移すと、二人とも利己主義的な人物である。強烈な個性は一時的には引き寄せるものがあっても、どこかで反発してしまうであろう。奉仕とか我慢は二人にはできない相談である。三四郎は平凡ではあるが、怪我をするようなことは避ける性質なので、大学卒業後は安全な官員に収まるのではないかと思われる。やがて美禰子のことは忘れてしまうだろう。


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