種村季弘著・吸血鬼幻想

「吸血鬼幻想」・種村季弘著(河出文庫)

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 吸血鬼におけるさまざま文献を取り上げ、歴史から思想、文学、映画まで網羅し、吸血鬼の入門書ともいうべきエッセイである。種村季弘氏の代表的書物の一冊でもある。初版は昭和45年7月、薔薇十字社より刊行。野中ユリ装丁、鮮やかなグリーンが印象的な本である。澁澤龍彦に似たところもあるが、文章は生硬で軽い読み物ではない。私の中では吸血鬼≒ドラキュラ伯爵であるが、彼も吸血鬼の一つとして扱われている。西洋の妖怪はドラキュラに限らず、狼男、フランケンシュタインからジェイソンにいたるまでグロテスクさが際立って好きではないから、著者の労力に敬意を示しながらも気乗りがしないままに読み飛ばした。だから感想という感想もない。
しかし、やっぱり何か書いておこうと思う。これだけの力作だ、何もないということはないはずだ。というわけで蛮勇を奮い起こして、筆を執っているわけである。私の吸血鬼は先にも言ったようにドラキュラで、それは≒クリストファー・リー主演の映画につきるのである。長身で貴族的冷酷さを併せ持った俳優は西欧でもたくさんいるものではないだろう。いろいろな俳優がドラキュラを演じているけれども彼を凌ぐ者はおるまい。それほど私とってドラキュラ≒クリストファー・リーなのである。さて、このドラキュラ、昼間は古城に安置された棺に眠っていて、夜になるとむくりと起き上って悪事を働くのであるが、彼が本質的に悪党かどうかは疑わしい。生命を保つために新鮮な血が必要であるのだから、人食いトラやサメと同じようなものである。
抱いた女の首筋を見るや否や、それまでの紳士的な顔は急変する。かっと開かれた眼は充血し、口元にはいつのまにやらオオカミのごとく犬歯が伸びて、いかにも狂気の容貌になっている。腹が減って血をすするのか、そうではあるまい。あの顔はまさに、バタイユの〈死に至るまでの生の昂揚〉で、さよう、エロチシズムの真骨頂を目の当たりした表情ではあるまいか ? 消滅すれすれのところで、生の源に合った喜びの顔なのである。
〈しばしば吸血鬼は血を吸うかわりに犠牲者にキスをしたり、あまつさえ性行為に及ぶこともある。血は霊魂の永世の象徴であるから、かならずしもほんとうに血を吸う必要はない。魔術師たちがオド・ヴァンピリスムスと呼んでいる現象では、吸血鬼はもっぱら犠牲者のオド(人間の肉体から発する一種の動物磁気)を吸う。またベネズエラの吸血鬼は同性愛的で、ねらった美少年の精液しか吸わない。このように吸血鬼は、サディズム、マゾヒズム、死姦、人肉嗜食、同性愛など、エロチックな欲望の象徴として夢見られた怪物なのである。〉と種村氏は指摘している。彼が人肉を食らうならば、単なる人型をした怪物であるが、血を求めるのは、この世に存在を許されない妖怪である証拠である。
見方を変えれば、生と死の交合である。ナイフのような犬歯は、まさに男根の象徴ではあるまいか。ただ通常の交合と違うのは放出しないで、相手の女から吸収をしてしまうことである。死の世界の住人であるドラキュラが生の世界に存在するためには、生気を吸収しなければならないのである。陰陽の倒錯現象がドラキュラの得体のしれない恐怖であり、エロチックさでもある。
抜群の運動神経と怪力のドラキュラであるが、十字架にはめっぽう弱く、手のひらに乗せただけで火傷してまう。種村氏によれば、かっては腐敗しない屍体が信じられていて、それが吸血鬼幻想の発端であるそうだ。〈ギリシア正教のキリスト教信者たちは、ローマ・カトリック教徒が死後ギリシアの土に埋められるとその屍体はけっして腐敗しない、と考えていた。なぜなら、彼らにしてみればローマ教徒は破門された異端の徒にほかならないからだ。そのためにギリシア人たちはこの種の死者を妖術師と見なし、ブルコラカスとかヴルコラカスとかいう名をつけて怖れおののいていたのである。〉
つまり教会破門者が吸血鬼になる場合が多いのである。吸血鬼研究家ディーター・シュトルムなる人物による吸血鬼候補者のリストが出ているから、ついでに記しておく。1・犯罪者、2・私生児、3・生前魔法や妖術に従事していた男女、4・イスラム教に改宗したキリスト教徒、5・永遠の贖罪に値する罪を犯した神父、6・破門された者、7・臨終の秘蹟を受けなかった死者。最後の項目には自殺者も入るはずだと種村氏は指摘する。
〈一口に言えば、教会の戒律に違反した人間は、すべていかなる場合にも吸血鬼になるおそれがあるわけである。教会から破門された信徒は死後天国に入ることができず、破門を赦免されない間は墓のなかで腐敗もしない。したがって吸血鬼の恐怖を煽りたてれば、どうしても教会が栄えることになる。教会に忠実であることが、すくなくともわが身一人は吸血鬼にならないための最大の予防策だからだ。十字架が吸血鬼封じの最高の妙薬である所以もここにある。〉なるほど、宗教ビジネスに一役買っていたわけである。金、金、金がなければ、宗教も成り立たないのだ。ちょっとがっかりもするが、化け物の正体がわわかって安心もする。現代では何食わぬ顔をして、国民の血を吸う官僚のほうが恐ろしいと思う。


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