石原慎太郎著・殺人教室

「殺人教室」・石原慎太郎著(新潮社)

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 表題作を含む五篇の短編集。昭和34年12月、新潮社刊。

(ファンキー・ジャンプ)
 ジャズのグループ、クインテットのメンバーは四人で、松木敏夫はピアノ奏者である。今日は彼らの演奏会で、ホールは満員である。タツノ照彦の〈スウィングジャーナル〉の紹介記事には以下のように書かれた。〈来朝したメッセンジャーズのアート・ブレーキやディズィ・ガレスビーが、日本に彼を発見したことによってだけでも、我々はこの国のジャズの本質的な水準について考え直さなければならないと言ったのは誇張ではない。ディズィは、マキー(松木)の「ファンキー」は未だ何処の国のどのプレイヤーにも感じられなかったある薄気味悪さがあると言った。今日彼の演奏で我々が耳にする彼のファンキーなプレイは、或いは明日に比べて色あせるかもしれない。それ程、今日の敏夫の「ファンキー」は素晴らしい。そこにはリズムによって弾き出させられた人間のある種の恍惚の凝縮がある。〉演奏は始まった。脂の乗り切った敏夫は演奏に陶酔し、追憶と幻想が拍車をかけた……。演奏部分は著者の詩によって表されているが、元来、詩人でない著者は狂おしい感じを出そうとしているが、情感が伝わって来ない。斬新なデザインの小説である。
〈ファンキー・ジャンプは文体と言うか、文章を通じて自分の持っている視覚性に挑戦して見た。僕にとっては実験的な作品だ。僕の文体は所謂西欧音楽的なリズム感がなく、東洋の宗教の呪術的旋律と人に言われるが、それを「ジャズ」という主題にぶつけて見ようと思った。〉著者後記。三島由紀夫は集中随一の佳篇と評す。


(ともだち)
 主人公の(俺)はラジオの仕事をしているが、終わって、外に出ると霧が出ていた。彼は疲れていた。〈俺は、何故か突然、自分が何かを喪くしているような気持に襲われた。〉ビルの前に赤と黒の派手なコンバーチブルが停めてある。俺は女の体を思い出した。その女とは七八回の夜を結んで別れた……。落ちぶれたボクサー、学生時代の友人とその恋人、霧の夜に現れる昔の思い出を幻想的に描く。


(殺人教室)
 南条健一、東郷康夫、北見道也、西田徳治は、著者によれば、〈この四人の学生については申し分がない。勤勉で健康で、勿論学校の成績はよろしいし態度はいつも控え目、話し合えば快活明朗、学校の先生たちもこれらの青年たちを眺めていると明日と言う世代に充分、十二分に大きな期待がつなげるに違いない。〉と明言されている。さらに〈なにしろ頭は良い、肉体は筋肉質で健康体、それに彼らの持つ節度は彼らを世に言う太陽族などの愚行に駆るようなことは決してしなかった。〉彼らの未来は有望で翳りがない。それなのに、なぜ、英雄気取りの愚行を犯すに至ったのか。現代と言っても、五十年以前の青年たちであるが、事情は現在と同じであろう。一言でいえば、ありあまるエネルギーを消化させる場がなく“退屈”であるからだ。
〈由来青年と言うものは容易に退屈だとか絶望だとかを口にはするが実際には本質的にそうした人間の状況からは遠いものの筈である。がしかし、そうした言葉が一旦、単に衣裳としてではなしに本質青年を捉えた場合一体どんなことになるのか。〉
ここで言う退屈は、せまりくる死との対立概念で、例えば戦争で明日、死ぬかもしれないということが考えられない時代の青年の不幸である。せいぜい考えられるのは、自動車事故死ぐらいなものであろう。さて、四人は退屈しのぎにライフル銃の改造を考え、実行した。完全な消音装置、従来のライフルに銃に比べ倍は飛ぶ銃身の工夫、倍率の高い眼鏡、撃てば確実に命中する。四人は“新しい友人”の制作に熱中した。創造物は“メフィスト”と名づけられた。二千米離れた十円玉を射抜く実験は成功した。最初の犠牲者はヘリコプターに乗っているアメリカ兵と決まった。西田の別荘の窓から撃ち、墜落させた。これを皮切りに次々に殺人を繰り返す。彼等には悪いことをしているという感覚はなかった。むしろ、〈これほど退屈で怠惰な今時の人間に対して贅沢な贈りものはないと言うのかもしれない。誰もがそれを望ましいものとして秘かに渇仰しているとは言いはしないか。〉と救世主気取りであった。標的は無作為に決められ、翌日の新聞を見るのが楽しみの一つであった。だが、漫然と人間を撃つのも飽きて、自分たちに直接関係のない有名な人間を、特異な状況で撃つことにした。試合中のプロ野球選手、独唱中のオペラ歌手、プロボクサー、それに三島由紀夫(五島由紀夫で登場)、石原慎太郎も殺害された。
こうして有名人をただ殺害するのも飽きて、殺害することに意味を持たせたくなった。標的は政治家になった。法務大臣、首相もメフィストの餌食となる。ここまで来ると劇画のようで耐えられない。エピローグは東郷康夫が誤って犠牲者となり、これがメフィストの最後の仕事となり、三人は普通の学生に戻って行く。殺害する者と、殺害される者に因果関係がなく、しかも大量殺人で残虐性を帯びていることから、連合赤軍、オウム事件を予感させる。

他、「殺人キッド」「男たち」を収録。


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