稲垣足穂著・ヒコーキ野郎たち

「ヒコーキ野郎たち」・稲垣足穂著(河出文庫)

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 往時の文壇で飛行機に関心があったのは内田百閒と稲垣足穂ぐらいではないだろうか。このエッセィは大空に飛ぼうとして、ついに飛べなかった者たちへの哀悼歌である。もちろん、飛んだ者もいるが、多くは失敗し、命を落とした者もいる。登場する人物は、まるで知らないが、科学技術の進歩は多大な犠牲の上にあるのだと思い知らされる。足穂も友人と飛行機制作に励むが、やっぱり飛べない。金と労力をつぎ込んで、鳥のように大空を舞う夢を見るヒコーキ野郎は莫迦野郎だ。しかし、そういう莫迦野郎が絶滅寸前の危機にある現代はいかにもつまらない。先駆者は、いつでも大莫迦野郎である。

〈前世紀の文明は或るかぎられた観念の上にきずかれたものであった。が、私たちの求めるのは、もっと高い、広い、自由な世界である。飛行機が来るべき文明の先駆のなかで、最もあざやかなものであるとは一般にみとめられていることだが、それは外形的な方面のみだけであろうか。空中飛行を一言に云うなら、私たちの平面の世界を立体にまでおしひろげようとする努力である。即ち、それによって土と水とに住むことができた私たちは、空中にも住むことができる自由な私たちになろうとするのである。単なるあそびではなく、長い間虫のように地球の表面をはいまわること以上に出なかった人類の生活を、思想の上にも、科学の上にも、芸術の上にも、よりひろく、より高く、より大いなるものにしようとする革命を意味する。〉……「空の美と芸術に就いて」より。


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