三島由紀夫著・荒野より・オリンピック

「荒野より」・三島由紀夫著(中公文庫)から

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(荒野より) 「群像」昭和41年10月号に発表

 梅雨時の早朝、六時に仕事を終えた三島が、就寝したかつかぬかの間に起きた事件を元にしたスケッチ風の好短編。別棟に住まう父・梓氏が〈おい、君、まだ寝ているんだよ。よしたまえ〉と誰かに呼びかけている声がした。返事はない。甲高い男の叫び声が聞こえて、尋常でない響きで戸を叩く音が聞こえたとき、異常な事態が発生しているのを悟った三島は、木刀を持って妻の寝室に入った。二人が階下へ急ぐと、家政婦と女中が動顛している。戸を叩く音が妻の寝室の仏蘭西窓に移った。三島は木刀を妻に渡し、もう一本、木刀を執るつもりで書斎に入った。そのとき、〈部厚いカーテンに閉ざされた書斎の薄闇に、私の机のむこうの一角に、泛んでいる人の顔をみた〉。〈立っているのは、痩せすぎの、薄色のジャンパーを着た、かなり背の高い青年である。灰いろの光のなかでこちらを見ているその青年の顔ほど、すさまじく蒼褪めた顔を私は見たことがない。青年は手に、大きな百科辞典の一冊をひろげていた。それは明らかに、机のうしろの百科辞典の一列から引き抜いた一巻である〉。何をしに来たかと問えば、〈本を……本を借りに来たんです〉と言い、あとは〈本当のことを話して下さい〉と繰り返すのみ。そうこうしているうちに、二人の警察官が入って来て、青年を取り囲んだ。あとは事後処理が残っているだけである。
この話は三島の父・平岡 梓の「倅・三島由紀夫」にも書いてあるので、創作でないのが知れる。似た作品に「独楽」があるが、こちらは「荒野より」と三島が篠山紀信氏の写真展に行ったときに会った高校生らしき男とのエピソードとの合成ではないかと思われる。その男が、会場で〈三島先生、あなたは一体いつ死ぬのですか〉とそれだけ言って立ち去って行ったことが同書に書いてあるからだ。さて、書斎で百科辞典をひろげて慄えている青年を見たとき、三島は〈私は自分の影がそこに立っているような気がした〉と感想を漏らしている。青年の狂気を育んだものは何か ?  それは三島由紀夫自身だと解釈している。〈小説を読むことは孤独な作業であり、小説を書くことも孤独な作業である。活字を介して、われわれの孤独が、見も知らぬ他人の孤独の中へしみ入ってゆく。そして私は、そのしみ入ってゆく奇怪な現場をただの一度も見たことがない。これからも決して見ることはあるまい。が、今度のような闖入者のおかげで、その狂気のおかげで、私はその蒼ざめた顔に、決して作家が見ることのできない「読者」の顔を見たように思う。〉、〈彼の狂気を育んだ彼の孤独を、私が自分ではそれと知らずに、支えていたことは多分疑いがない。他人の孤独をそのように保証するのは怖ろしいことだが、一人の作家の仕事から、蔓のように生え伝わってゆくものがあって、それがどこかで彼の孤独を護っていたことはまちがいがない。〉と孤独の肥料を青年に供給していたのは、三島である。果たして、青年が三島の読者であるかは謎であるが、少なくとも彼が有名人であるからと言う理由で、青年に暴挙をさせたとは十分、考えられる。三島は青年を憎んでいるかと言えば、むしろ親近感を抱いているように思う。〈あいつは私の心から来たのである。私の観念の世界から来たのである。〉三島は文学青年が嫌いなのは、あちらこちらのエッセィに書いている。今度の青年は断じて文学青年ではないように思う。金品目当てでもなさそうだ。ただ、闖入それ自体が目的の狂気がさせた業である。文学と言う枠からはみ出た行為で、将来、三島も同じような狂気に吸い寄せられるのを予感したからであろう。昭和45年11月25日の三島の行動は、まったくこの青年の狂気と同じものである。まだ、それとは自覚していなかったであろうが、誰も理解できない荒野に突進しなければならない自分を見たのである。


(オリンピック)

 冒頭、〈オリンピック反対論者の主張にも理はあるが、今日の快晴の開会式を見て、私の率直なところは、「やっぱりこれをやってよかった。これをやらなかったら日本人は病気になる」ということだった。思いつめ、はりつめて、長年これを一つのしこりにして心にかかえ、ついに赤心は天をも動かし、昨日までの雨天にかわる絶好の秋日和に開会式がひらかれる。これでようやく日本人の胸のうちから、オリンピックという長年鬱積していた観念が、みごとに解放された〉とあるのは、1964年の東京オリンピックの開会式を見た三島由紀夫の感想であるが、やっぱり2020年の東京オリンピックが決まって良かったと思う。選手の勝ち負けは自分の利益に関係ないことであるけれど、なぜか日本人選手が優勝するとうれしくなるのは、いつもは眠っている日本人としてのアイデンティテイをいやおうなしに掻き立てられるからであろう。さて本編は三島由紀夫の東京オリンピック観戦記で、毎日新聞、報知新聞、朝日新聞に掲載されたものである。スポーツと文学、水と油のような関係にあるものが、作家の手にかかると、こうも文学的空間に変わってしまうものかとおもうエッセィである。
〈バレーボールの緊張は、ボールが激しくやりとりされるときのスリルにあることはいうまでもないが、高く投じ上げられたボールが、空中にとどこおっている時間もずいぶん長く感じられる。そのボールがゆっくりとおりてくる間のびした時間が、実はまたこの競技のサスペンスの強い要素なのだ。ボールはそのとき、すべての束縛をのがれて、のんびりとした「運命の休止」をたのしんでいるように見えるのである。〉
地上でメダルを目指してあくせくする人間を冷笑するボールの悪意が〈運命の休止〉であろう。物であるボールに悪意を持たせるのは人間の意志である。激しいスポーツであるバレーボールがここでは逆説的に静止画像として捉えられている。ボールの側から見た球技は野球でもサッカーでも同じで、ボールの悪意を見破ることが勝敗を決する。
〈開会式のとき、あんなに異様な緊張にみちて見えたフィールドは、今日は刻々と記録が争われているにもかかわらず、のんきに、雑然と、まるでピクニックの野原のように見える。芝の一部に観覧席の庇の影がさしているほかは、ゆたかな秋の日ざしの中にあり、南のほうには、棒高とびのアンツーカーのまわりに、脱ぎ捨てられた赤や黄のシャツがあり、芝に敷いた毛布の上で、でんぐり返しをしたり、倒立をしたりしている選手がいる。一瞬、舞い上がる肉体、しなうボール、落ちるバー。北半分には、円盤投げのために扇形に描かれた線があり、遠いネットの中で、選手が独楽のように体をまわすと、円盤はきらめきながら飛んできて芝の上ではずむ。赤や紺のブレザーが芝生の上を行き交う色彩のあざやかさ。〉
上は理上競技を俯瞰した描写である。競い合う選手をよそに、絵画的世界がそこでは展開されている。「目―ある芸術断想」(昭和40年8月集英社刊)のあとがきで〈私は「目」だけの人間になるのは、死んでもいやだ。それは化物になることだと思う。それでも私が、生来、視覚型の人間であることは、自ら認めざるをえない。私は音楽でさえ聴くことができず、見てしまう人間なのだ。〉と書いているが、まさに「目」だけの人間が見たオリンピック観戦記で、そのもっとも象徴的なのが、体操を見ての感想である。
〈体操ほどスポーツと芸術のまさに波打ちぎわにあるものがあろうか ? そこではスポーツの海と芸術の陸とが、微妙に交わり合い、犯し合っている。満潮のときスポーツだったものが、干潮のときは芸術となる。そしてあらゆるスポーツのうちで、形(フォーム)が形自体の価値を強めれば強めるほど芸術に近づく。どんなに美しいフォームでも、速さのためとか高さのための、有効性の点から評価されるスポーツは、まだ単にスポーツの域にとどまっている。しかし体操では、形は形それ自体のために重要なのだ。これを裏からいえば、芸術の本質は結局形に帰着するということの、体操はそのみごとな逆証明だ。〉
体操競技(あるいはフィギュアスケートなど)の得点に釈然としない澱が残るのは時間や高さ、距離などの数学的明朗さに欠けているからで、その根本の原因は芸術性という数学的明朗さと逆行する性格を有しているからであろう。2020年東京オリンピック招致の決め手となったのは滝川クリステルのプレゼンテーションによる「おもてなし」宣言である。閉会式を見た三島の感想は、〈世界中の人間がこうして手をつなぎ、輪踊りを踊っている感動。冗談いっぱいの、若者ばかりの国際連合―。これをいかにもホストらしく、最後から整然と行進してくる日本選手団が静かにながめているのもよかった。お客たちに思うぞんぶんたのしんでもらったパーティーの、そのホストの満足は八万の観客を一人一人にも伝わったのである〉。オリンピックが、その精神とは逆に政治的に清潔であるとは言い難く、益々、その傾向は露骨になってきているが、2020年の東京大会では政治的なものといかに縁を切るかが成功の鍵となるだろう。感動と喜びの祭典になるかはホスト次第である。


作品集「荒野より」について

 初版は昭和42年3月6日で、中央公論社から上梓されている。箱入りの立派な本である。昭和50年になって中公文庫の一冊に加えられるが、まもなく消えていった。初版ないし再版なら、それなりの古書店に行けば、いくらでも見つけることができるが、むしろ文庫版のほうが見つけるのが難しい状況である。著者のあとがきはない。文庫版には村松 剛の本全体に対する総合的な解説が付いている。村松氏のような気の利いた文書はなかなか書けるものではないが、氏と同じく謎に思うのは、なぜ、このような短編小説、エッセイ、スポーツ評、紀行文、戯曲とバラエティに富んだ作品集を出しのかということで、これ以前には三島の単行本でこのような構成のものはない。明治大正期の作家ではよくあることで、巻末に俳句が付されることが多いが、戦後の作家ではこういう体裁の本は珍しい。
村松氏の推測では自衛隊入隊は本書刊行直後で、人生の変換期における作品集をまとめておきたい意図があったのではないかとしている。本書の作品群は昭和39年から41年にかけて書かれた。行動に本腰を入れた時期で、文学では表現できない世界へ身を投じることになる。人生のけじめというような意味で刊行したのではなかろうか。第一部と第五部を除けばみなエッセィである。短編小説「荒野より」にしてもエッセィ的な小説である。戯曲「アラビアン・ナイト」は日生劇場のために書いたものだが、三島の戯曲では珍しく平明で読んで楽しめる。その分、三島特有のというものはない。それぞれの作品の出来は良いにしても、三島の代表作とは言い難いものばかりである。ともすれば散逸しそうなものを集めた雑文集ともいえる。しかし、こういうところにこそ著者の心境や本音が語られていることもあるから、一つは自身の解説書として刊行したとも考えられる。昭和45年3月には編纂を虫明亜呂無に依頼し代表的エッセィの集大成「三島由紀夫文学論集」を講談社から、没後の昭和46年5月には生前に自ら企画した「蘭陵王」を、こちらは昭和42年から45年にかけて書かれたエッセィと短編小説「蘭陵王」、「独楽」の二編を収めたもので「荒野より」の続編である。人生の整理に急ぐ三島由紀夫の姿が見える。


目次

第一部 小説
 荒野より*時計*仲間
第二部 エッセィ
 谷崎潤一郎について*ナルシシズム論*現代文学の三方向*石原慎太郎『星と蛇』について*団蔵・芸道・再軍備*夢と人生*天狗道*危険な芸術家*私の遺書*いやな、いやな、いい感じ*日本人の誇り*法学士と小説*法律と餅焼き*映画的肉体論*私のきらいな人*テネシー・ウィリアムズのこと*空飛ぶ円盤と人間通
第三部 スポーツ
 オリンピック[ 開会式・ボクシング・重量あげ・レスリングの練習風景・女子百メートル背泳・陸上競技・男子五百メートル自由形決勝・体操の練習風景・体操・女子バレー・閉会式 ]*実感的スポーツ論*ボクシング[ 関ラモス選・原田ジョフレ選・原田ラドキン戦・原田ジョフレ戦 ]
第四部 紀行
 ロンドン通信*英国紀行*手で触れるニューヨーク
第五部 戯曲
 アラビアン・ナイト

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